お賽銭箱は大富豪 |
「えっと……とりあえず、喜べばいいのかしら?」 博麗神社、そこの巫女博麗霊夢は目の前のありえない光景に開いた口がふさがらない。いったいどうしたというのか。彼女はそれがありえないことだとわかっている、だが目を離すことが出来ない。 自分の頬を思いっきりビンタしてみる。……痛い。 「痛たたた……夢じゃないみたい……」 彼女の目の前の光景、それはこの神社始まって以来のことではないだろうか、彼女は知らないが。 ――お賽銭箱は大富豪―― その神社の前にある賽銭箱、とりあえず真っ黒な口を開けて待っているけど誰もお金を入れてくれなくていつも空腹なそれが、今日は食べすぎで苦しんでいたのだ。いや、むしろ口をふさがれて窒息寸前かもしれない。 要するに、たくさんのお金が賽銭箱に入っていたというわけである。これはいったいどういうことか、槍でも降るんじゃないか。いや、グングニルだろうか。しかし今例示したふたつも、ここが幻想郷であるという事実がゆえに不思議なことではない。何も起こらない日、それこそが幻想郷一のミステリーなのだ。何も起こらない日など断じてありえない、それが幻想郷である。しかし、矛盾するようであるが今起こっていることは、幻想郷で槍が降るよりも、グングニルが降るよりも、そして何も起こらないということよりも圧倒的に不可解なことである。怪奇現象だ、摩訶不思議。 話が脱線したが、とりあえず霊夢は賽銭箱の扉を開けてみた。ジャラジャラジャラ、という霊夢が一生かかっても聞けないはずだったあの音が、今こうして彼女の耳中を満たしている。賽銭箱の扉のすぐ下の石畳はすぐに硬貨や紙幣だらけになった。間違いなく、お金である。本物の。彼女はお金がある幸せ、というものを享受していたが、瞬きをしている間に現実に帰ってきた。その刹那、彼女の顔を見たものは恐怖ですぐに逃げ出しただろう。その表情は……各自で想像していただきたい。あな恐ろしや。 「と、とりあえず家の中に……」 震える手で賽銭箱を掴み、家の中に持ち帰ろうとした。だが、これは神の最後の試練だろうか。 ぐきっ 「うぐっ!?」 腰から中高年の音がした。痛い、猛烈に痛い。しかしその痛みはこれが夢ではないという現実を証明する証拠のひとつにすぎなかった。この重さは紛れもなくお賽銭箱がお金でザックザクということを物語っている。とすると、やはり夢ではなかったのだ。霊夢は喜びと痛みのため流れた涙が口に入ってしまい、むせて咳き込み、その場で倒れた。 「ぐふふふふ」 だが、その笑顔は堕天使の様ににやけていた。彼女は痛みなどとうに忘れているのかもしれない。痛いのか痛くないのかは本人にしかわからない。彼女の心の中では痛みよりも、その大量のお金の存在が現実であるという幸福のほうが勝っていた。先程の神の試練など彼女には通用しなかったらしい。 「霊夢〜邪魔するぜって……うおっ!?」 突然上空から降りてきた魔理沙は石畳の上で腰を抑えて涙を流しながらにやけて不気味な笑いをしている、そしてさらにその涙でむせて咳き込んでいる物体を見た。そんな物体を見たらどうするだろうか、当然逃げるだろうに。しかし堕天使のロックオンは、魔理沙が逃げ出すよりも早かった。 「魔理沙〜〜♪」 哀れな子羊――もとい魔理沙は霊夢の視線という見えない縄によって完全に捕縛され、背筋が凍りつくのを感じた。魔理沙の今の精神を簡単に、かつわかりやすく表すと、『恐怖』だ。だが霊夢の頭には魔理沙をどうにかしてやろうということなどは考えておらず、あの有り余る金をいったいどうしたものか、ということだけを考えていた。あれだけの金があれば……ぐふふふふふふふふ。 霊夢は倒れたまま匍匐前進で進んでくる。魔理沙まであと2秒。にやけながら泣き、むせている人が匍匐前進で近づくところは間違っても想像したくない。しかし魔理沙はそんな気の毒なことを想像ではなく、現実として受けている。恐怖が近づいてくる。ついに霊夢は魔理沙のスカートを掴み、それをくいくいっと引っ張る。 「な、な、なんだ?」 本人は情けないと思っているだろう、だがしかし恐怖する声の震えを隠すことは出来なかった。狂喜する霊夢とは対照的に、魔理沙は足を震わせて、失禁しそうなほどの恐怖を感じていた。その二人の感情の違いのコントラストが美しい。第三者から見たら、の話だが。魔理沙にとっては冗談ならない立場に取り残されている。次に霊夢がなんというのか、それで魔理沙の未来が決まる。 「お酒、食べ物、ぐふふふふふふ……」 決まらなかった。 「すまん、日本語で頼……お願いします」 まだ恐れている魔理沙は敬語を使って相手を刺激すまい、と慎重にお近づきになる。次の一言で魔理沙の未来が決まる、二回目。 「宴会よ、宴会。私のおごりで」 霊夢の機嫌のよさで、魔理沙は生かされた。足の震えがぴたりと止まり、冬だというのに頭の中いっぱいに桜が咲き、春を告げる。あ、リリーが飛んできた。 「それは本当でございますか、霊夢様!? ぐふふふふふふ……でございます」 「たくさんいると、盛り上がる。ぐふふふふ」 今度は翻訳など必要なかった。要するに人を集めろということだろう。魔理沙は誰にも言われる事なくすぐに理解した。 どうやらあの堕天使の笑顔と笑い方は感染するらしい。霊夢の話を聞いた魔理沙も同じ表情になっている。さっきのおびえている小動物のような魔理沙はどこへ行ったのか。ゾンビが、仲間を増やした。 魔理沙は霊夢に一礼し、淑女のように(淑女の魔法使いなど見たことはないが)ほうきにエレガントに乗る。そのまま敬礼をして博麗神社の遥か向こうまで飛んでいった。誰かを呼びに行ったのだろう。 「ぐふ、ぐふふふふふふ。ごほっ、ごほっ……」 ひとり残された霊夢は魔理沙に起こしてくれという事を言い忘れ後悔することになるのだが、それは半刻ほど後のことになる。 それまで彼女はむせ返ったままニヤニヤしていた。結果的に買出しはすぐに行くことは出来なかった。すべてが動くのは、半刻後である。 ★ そして楽しい楽しい買出しだ。ひたすら買う、とにかく買う。肉も最上級、酒も最上級、つまみも最上級。霊夢にとっては一生あるかないかの機会だった。買い物袋には入りきらず、店の人々に届けてもらうことになった。 ざっと20万は使っただろうか、しかしあの賽銭箱の中身の足元にも及ばない金額であるゆえ、資金は全然余裕である。財布はまだまだ潤うどころかびしょびしょである。店の人々は突然の大量の利益に驚き、狂喜していた。 「ぐふふふ……リッチよリッチ。お金持ちがそばにいると回りの貧乏人は幸せになるのね、ぐふふふふ」 じゃあ普段のあんたはどうなんだ。そう突っ込めるものはいなかった。そんなこといっても霊夢はどうせ聞かないし。それに彼女の機嫌を損ねることなど出来ないからだ。 買出しを終え、アクロバティックな空中飛行をしながら霊夢は神社へと帰っていった。その途中でたまたま空中飛行をしていたアリスが霊夢に話しかけようとするのだが、彼女の妙に不気味な笑みを貼り付けた顔に圧倒されて結局回れ右をして逃げ出した。もちろん霊夢はそんなことなど知らず、これから知ることもない。 「ぐふふふふふふふ……」 宴会まで、もう少し時間があるが霊夢はいつもはほとんどやらない掃除に精を出していた。そのときの博麗神社は完成当初のように輝いていたのではないだろうか。ちなみにその光りを見た妖怪たちが目をつぶされ、永遠亭に担ぎこまれることになるのだが霊夢はもちろんそんなことなど知らず、これから知ることもない。 さっきの店の人々はすぐに到着した。届けられた商品だけで山が出来た。これがお賽銭箱に入っていたたった20枚ほどの紙に匹敵するというのがまったく信じられない。運んできた全員が冬だというのに大汗をかいていたので麦茶を振舞ったのだが、その店の人々は今日の霊夢の機嫌のよさに目を白黒させていた。霊夢の機嫌のよさと、恐怖を感じるほどの優しさに警戒した数名が麦茶の毒見の役目を誰にするかで気温が5℃は上がりそうなじゃんけん勝負をしていたのだが、もちろん霊夢はそんなことなど知ら(以下略) ★ 博麗神社の鳥居を黄金の月が美しく照らす頃、ついに宴会は催された。否、宴会ではない、『大』宴会である。幻想郷のあちこちの人々(もちろん妖怪、幽霊など人間以外も含む)がこの博麗神社に集まっている。無礼講という言葉が良く似合う、非常に混沌とした大宴会であった。そのため、幻想郷に存在するほんの一握りの……いや、一握りどころか小指に乗れるほどしかいない常識人たちは苦労しているようだ。やれやれである。 非常に残念なことに幻想郷では非常に希少価値の高い、真面目な常識人の一人に災難が降りかかることになった。 宴会の席で、霊夢はお酒を飲まずにオレンジジュースをちびちびと飲んで幽々子と話をしている妖夢に気が付いた。霊夢の頭の中でピーンと白熱電球がまぶしい光を放つ。彼女の頭の中にいたら目がくらんでいたに違いない。 「ぐふふふ……よ〜む?」 疫病神こと霊夢は、標的を妖夢にしたらしい。霊夢は妖夢をこれから幸せにするだろうか、いや、しない。これが反語である、受験生諸君、よく覚えておくように。 「な、なんですそのみょんに艶やかな顔は!?」 霊夢はその辺にあった日本酒の一升瓶を掴み、ふたを開ける。これから自分に起こる事態を察知したのか、サーッと青ざめていく妖夢。運命を操る程度の能力を持たない彼女は、この事態を避けることは出来ない。いや、もしかしたら運命を操る程度の能力をもってしてもこの悲劇をかわすことは出来ないかもしれない。まさしく絶体絶命である。 妖夢は酒を飲むことができないということを後日霊夢は知るのだが、今の霊夢はそんなこと知らない。いや、知っていてもきっと飲ませたにちがいないが。お酒を飲むことが出来ない人にお酒を無理やり飲ませるのはやめましょう。 霊夢はそのみょんに艶やかな顔のまま一升瓶という妖夢にとっての凶器を持って徐々に近づく。霊夢が一歩すすめば妖夢は一歩後ずさりする。刀に手を伸ばして、刀をつか……めなかった。 「しまっ……」 目の前の敵に必死だったのだろう、後から霊夢のアイコンタクトを受けてそっと妖夢の背後から近づいていた幽々子に気付けなかったらしい。幽々子に腕をつかまれてしまった。剣士である普段の妖夢ではありえないことだ。それほど今回は妖夢の冷静さを欠くほど彼女にとって危機的状況なのである。幽々子は非情にも妖夢の必死の抵抗を無視して後からさらに強い力で押さえつける。そして無理やり口を開けさせる。 それを確認した霊夢が一升瓶を持ったまま高く飛び上がる。そして座薬を押し込むように瓶の先を妖夢の口に勢いよく突きつけた。瓶の中で妖夢の悲鳴がこだまする。よっぽど大声で悲鳴を上げているらしく、瓶がブルブル震えている。 「!!」 重力に従い徐々に注ぎ込まれる日本酒に妖夢はパニックになる。やがて一升瓶が空になると、次の一升瓶に手を伸ばした。そしてそれを休めることなく妖夢の口の中にどんどん注ぎ込む。 すぐにそれも空になる。妖夢は顔を真っ赤にしていて、すでに押さえつける意味などなさそうだ。幽々子は手を離した。妖夢は上を向いて口を開けたまま凍ったように固まっている。 「やっと飲む気になったのね」 妖夢は必死にふるふると、まるで子供がいやいやをするように首を振るが霊夢は遠慮するな、とまったく耳を貸さなかった。もっとも、首を振っているといってもほとんど動いておらず、痙攣しているようにしか見えないのだが、それは気のせいであろう。妖夢の手が幽々子を探しているように見えるが、幽々子はさらに距離を置く。 「ほりゃほりゃ〜もっと飲みなさいよ、妖夢ぅ〜」 妖夢の拒否に対して耳を貸さないくせに、霊夢は三本目を飲むように任務を課す。霊夢は三本目を妖夢の口につけ、一気にひっくり返した。もはや妖夢は逆らうことすら出来なかった。 「きゃはははは、いい飲みっぷりよ、よーむ!!」 霊夢が腹を抱えて笑う。妖夢は口から酒をだらしなくたらしたまま目を回し、幽々子の腕の中でぐったりと倒れた。 「あれ? どうしたの、妖夢? 寝ちゃったの?」 幽々子が妖夢をゆすってみるが妖夢は深い呼吸をし、呼んでも応答しなくなった。霊夢はそんな妖夢を放置して新しい酒を持ってくるべく、宴会の席から立った。 余談であるが、霊夢が一本目を妖夢の口につけてから三本目を飲み干させるまでの時間はおよそ2分であった。 ★ 「それでねー人間の女の子がお金を下さいって言ってきたのよ、だから私は代わりにあなたの血をよこしなさいって行ったらすぐに逃げて行ったわ、きゃはははは」 「お金、あげれば良かったのに……あれ、霊夢、どうしたの?」 少し冷える神社の倉庫の中、お酒が回って陽気に話をする二人がいた。何もこんなところで話をしなくてもいいのに。 「お酒を取りに来たのよ」 レミリアと紫という珍しい組み合わせの二人が大量のお酒を飲んでいた――というのは千載一遇の実に珍しいことである。この二人の共通点などないだろう。……と霊夢は思っていたのだがすぐにははーんと納得する。彼女たち二人の間にはしょーぎ板(というらしい)がおかれていた。そういえば最近香霖堂にあんな感じの商品が並んでいた。あのゲームはどうやら人間の世界ではかなりポピュラーなゲームらしい。長生きするこの二人のことだ、いろんな遊びを知っているに違いない。 霊夢にはよく分からないが、レミリアが霊夢のほうに目をそらした隙に紫が『飛車』と書かれた駒を裏返していた。なるほど、相手の不意を付いて駒を裏返すゲームなのか、そーなのかー。 興味はないことはないが、ルールは相手の見ていない間に駒を裏返す、ということ以外わからない。このまま二人の勝負を見ていても面白くなさそうなので、霊夢は二人のそばにあったお酒から適当に数本を選び、持って行くことにした。例の二人は霊夢に気にすることなく楽しそうに話をしている。自分も入ろうかと思ったが、酒の肴には困っていなさそうだ。 適当にお酒をもって行くことにしたものの、適当といっても結構迷うものである。ウォッカ、ウイスキー、日本酒、消毒用アルコール、etc、……。どれを持っていくのか霊夢は非常に迷っている。どれも持って行きたいが、運べる量には限界がある。何回かに分けたらいいのに、という発想は彼女にはなかった。いやあるかもしれないが、きっと面倒なのだろう。 霊夢はその間に二人の話を悪いと思いながらも盗み聞きしていた。例えばスキマを使ってある場所とある場所をつなぐことに成功したこと、フランドールが買い物に成功したこと、寝ぼけた橙が藍の尻尾に噛み付いて面白かったこと、などであった。 一つ目のスキマの話のときにレミリアが紫にどことどこをつないだのか聞いていたが、紫はなぜか一向に答えようとしなかった。紫はレミリアのグラスに赤ワインを注ぎ、話の腰を折る。それで、レミリアは何かないの、と二つ目の話に強制的に移行した。レミリアはレミリアで、ワインを注がれて一つ目の話で気になるところがあったことを忘れてしまったらしい。 二つ目の話では、フランドールが買い物をするために紅魔館中の人々が総動員で監視し、フランドールには紅魔館のメイドたちによって作られた屋台で買い物させるようにしたらしい。レミリアは苦労したわ、と笑っていた。メイドたちはみな、フランドールが去ったあと安心して糸が切れたように倒れたと言っていた。メイドたちはフランドールの買い物を非常に恐れていたようだ。 そして、三つ目の話では、藍が橙を起こそうとしたところ、尻尾を寝ぼけた橙に噛まれて絶叫、涙目で謝る橙を許して夕食の準備をしようとした。するとスキマから突然現れ、飛び出してきた紫に橙に噛まれたのと同じ尻尾を踏まれてより大きな絶叫したらしい。確かに愉快だったが、藍が可哀想になる話だった。 「そういえばうちの橙がね――」 やがて話は橙の話になった。二人の話は面白い話が多いので気になったが、霊夢はさっさと宴会の席に戻ることにした。はやく戻ってお酒を飲みたい、霊夢の頭の中ではその想いが勝利したからだ。 去る前に寒いから速く戻ってきなさいね、とだけ二人に伝えて。 ★ 戻ってきても妖夢はまだぐったりして深い呼吸をしていた。さっきと同じ格好のまま。 「せっかくの宴会なのに寝ちゃうなんてまだまだお子様ね♪」 幽々子がそっと座布団の上に妖夢を寝かし、ぽんぽんと胸を叩く。妖夢はまったく反応しない。 「うに〜」 幽々子が頬を引っ張ってみるが、やはりまったく反応しない。幽々子は体温が低いような気がするといっていたが、周りの酔った連中のパブリックコメントを聞き、半分霊だからだろうという結論に落ち着いたので結局誰も気にしなかった。哀れなり、妖夢。 妖夢が放置されしばらくたった頃、レミリアと紫が戻ってきた。まもなく宴会の場は、ゲームを始めろ的な雰囲気になった。宴会部長魔理沙はそんな大多数の期待を裏切ることはしない。先程は哀れと思われた妖夢であるが、実は幸いだったのかもしれない、妖夢を起こそうとしたが決して起きなかったので不参加にされたのだから。彼らのゲームには道徳的なものなどありえない。 「さてと、くじ引きだくじ引き! 私が適当に用意したから……霊夢、ひけ! ちなみにゲームはこうなっている」 野球拳 弾幕ごっこ 飲み比べ 王様ゲーム 魔理沙がなぜか束のくじを霊夢の目の前に差し出した。四本でいいはずなのになぜかかなりの束になっている。 「よし……これだ!」 霊夢は気にしつつもどうでもよかったので適当に選ぶ。そこにはこう書かれていた。 『野球拳と王様ゲーム』 全員がおおっと歓声を上げる。第二次混沌の始まりであった。一部の人々が鼻血を吹いていたような気がするのは気のせいであろう。 ★ ゲームは予想を裏切らない大変な混沌であった。野球拳では橙がルールも知らずに参加して裸にさせられそうになったところを藍が必死に守ったり、魔理沙が裸になると決定したときに赤い噴水が各地で吹き上がったり、霖之助がふんどし一丁になってえーりんストップがかかったりと、散々であった。 王様ゲームはというと咲夜が皿回しをすることになって美鈴の頭に皿を落としたり、紫にババアと言うことになったてゐが戻ってこなくなったり、霖之助がふんどし一丁になってふんどしダンスを披露させられたところ、ルーミアがふざけてふんどしをめくったりと、やはり散々であった。 やがてカオスゲームが一通り終わるとお開きとなった。ほとんどの連中が帰ったが魔理沙は泊まり、妖夢は最後まで部屋のすみで放置されていた。紫がお持ち帰りしたいといっていたが、どうやら忘れてしまったらしい。 後片付けは妖夢を除くわずかな常識人たちによって行われたので、酒の臭い以外はすべて片付いた。結局妖夢はほったらかしであったが、妖夢のその後については後述する。 ★ そして翌日の昼下がり。 「ああ〜昨日は飲みすぎたわ……」 霊夢がほうきを持って掃除に似たような行動をしていた。なぜ似たような、というとほうきは動いているものの、全然片付いていないからである。昨日のうちに片づけはすべて終わったのだが、彼女は暇人であることを否定しているが故、形だけ巫女らしい仕事をしているのだ。つまり暇つぶしである。 「でも……ぐふふふふ」 賽銭箱を見ると、まだ窒息して……などいなかった。実は朝のうちに香霖堂に押しかけて「今までのツケを全部払ってあげるからこれを紙幣に交換しなさい!」と十回にわたって両替しに行ったのである。店主霖之助は極度の喜びと、極度の悲劇を味わい涙を流していた。 さて今日は何をしようか。さすがに昨日宴会をしたから今日もするのは辛い。体力的にだが。金銭的にはまったく辛くないのが、彼女の、生きているうちに味わうことはないと思っていた喜びであった。 そういえば香霖堂から帰ってきた後、赤十字のマークが書かれた白い帽子をかぶったウサギたちがピーポーピーポーといいながら妖夢をどこかに連れて行った。霊夢は何故なのかわからないし、当然これから知ることもない。 「あら?」 石段を叩く小さな足音が聞こえる。神社の参拝客など久しぶりだ。いつもならこの哀れな民にお賽銭をねだる。それが参拝客が減るひとつの原因だというのに彼女はいつ気付くだろうか。でも今日はねだらなくてもいい。なにせすでにたくさん入っているのだから。 石畳から、まずは黒い髪がひょっこり現れた。そして徐々に下のほうまで見えていく。その少女は黒髪で肩ほどまでの長さだ。歳は10になっているかなっていないかといったところだろうか、まだ幼く可愛らしい。白い肌で、触るとやわらかいに違いない。目は少し大きめの、髪の毛と同じくらい黒い。霊夢にとっては初対面の人間だ。第一印象は、おどおどしていて気が弱そうな子だな、と霊夢は思った。 「いらっしゃい、どうしたの?」 天使のような笑顔で少女に尋ねる。昨日の魔理沙を恐れさせた表情とはまったくちがう。見るものすべてを安心させる笑顔、霊夢が巫女の仕事を続けるうちに見つけ出した最良の笑顔だ。 「えっと、あの、その、はじめまして」 どうやらお互いに初対面だったらしい。この少女の性格は第一印象どおり、おどおどしている。やはりかなり内気なのだろう。霊夢の勘に間違いはなかった。 「はい、はじめまして」 「えっと、その……お祈りさせてください、ママやパパ、お姉ちゃんや弟たちが良くなるように」 「ええ、どうぞ。あなたの家族……病気なの?」 「はい、お、重い病気らしいので……」 重い病気、そんなのこのような少女に治せるはずがない。神頼みというのがこのような幼い子供に唯一出来ることなのだろう、少女は必死に祈っている。霊夢はこの少女に哀れみの感情を持つようになっていた。 祈りが終わった頃だった。 「あの……」 まだ言いたいことがあるらしい。 「お金を……少し貰えませんか……?」 泣きそうなときにやっと絞り出したといった感じの声で、霊夢に恐る恐るたずねる。 「え、どうして?」 「病院に必要な……お金が足りなくて…………」 神社に来たのはこれが目的だったのかもしれない。神社や寺院といったところはこういった人が来ることがある。この少女もそうなのかもしれない。 「いくらなの?」 「えっと……かなり高いそうです……私にはわかりませんけど……これに……」 霊夢は少女から小さな紙を見せられた。そこにかかれていたのは想像を絶する額だった。こんな金額……一般人が払えるわけがない。昨日の宴会で使った金額の何十倍だろうか。その金額の大きさは少女の家族の病の重さを表しているのだろうか。何人家族なのかは知らないが、この金額を見ると大家族に違いない。 霊夢は、当然断るはずだった。それは彼女が冷たいわけでもなんでもない。ただ、そんなにお金がないから、という理由でだ。しかし、今の霊夢なら出来ないことはないかもしれない。あの賽銭箱を使えば。その賽銭箱の存在が、霊夢の思考を迷わせる。う〜んと、うなる。 「や、やっぱり無理ですよね、この前は大きなお屋敷に頼みに行ったけど断られて……神社なんかにこんな額あるわけないですよね、ごめんなさい、さようなら……」 神社なんかに、という文に軽くカチンと来た霊夢であったが、そんなことは表情に出さず、 「待ちなさい」 と、泣きそうになりながら石段を降りようとしている少女を止めた。そしていらっしゃいと手招きをし、賽銭箱へと連れて行く。彼女の心は、少女を助けるという選択肢を選んだのだ。 扉の鍵を開け、賽銭箱のお金を次々と取り出す。少女は目を丸くして驚いていた。お金を数え、霊夢はどうかその額に足りるように、と心の中で必死に祈った。少女もまた目を閉じて祈っている。 どのくらい時間が経ったのかわからないが、きっとそれほど長い時間ではなかったのだろう。しかし彼女たちにはこの時間が永遠の長さのように感じられた。言葉に矛盾し、その永遠の長さは突如終わりを告げた。他でもなく、霊夢の一言によって。 「あるわ」 霊夢の声がしんと静まり返っている博麗神社に響く。聞き間違えではない。少女は顔を上げ、ぱあっと明るくなった。霊夢は自らの手を見ると、冷や汗をかいているのがわかった。自分もあるかどうかかなり不安だったらしい。 「ちょっと待ってなさい、今袋持ってくるからね」 分厚めの布の袋を持ってきて、それに両替した札束をどんどん勢いよく放り込む。霊夢は勢いよく放り込むことで、もうすでに自分のものではなくなった幸福への未練をばっさりと断ち切ったつもりだった。 「ありがとうございます、お姉ちゃん!」 少女の声は震えていた。当然、嬉しいのだろう。袋を渡すと、その重さでちょっとよろけた少女を霊夢は少し可愛く思った。 「で、でも……お賽銭は……」 「大丈夫よ、まだまだ沢山あるから!」 霊夢はにこっと笑って見せ、何度もひたすら礼を述べる少女を石段のしたまで見送った。視界から消えるまで、少女は少しすすむたびに頭を下げていた。霊夢はそれが面白く、そのたびににこっと笑いながら手を振っていた。 やがて、少女は完全に見えなくなった。霊夢は、ふうっと一息つく。そして、一言呟いた。 「一炊の夢ってやつね」 彼女は嘘をついた。賽銭箱の中に残された額は、今日の夕食が満足に食べられるかわからないほどの際どい額だった。 「でも……気分は悪くないや。それに……ご飯を食べれないなんて慣れたことだし」 霊夢は少し悲しみつつも、お賽銭をたくさん入れてくれたどこかの誰かに感謝し、ほうきを握ってこんどこそ掃除を再開した。 「願わくば、あの子の家族が助かりますように……」 目を閉じ、そっと祈る。 博麗神社の巫女、そして健気にお金を集める幼い少女、この二人の少女の、たったひとつの願いが届きますように……。 ★ 一人の少女が祈りを捧げる頃、ここマヨヒガでは幻想郷の支配者とその式が話をしていた。 「紫様、この前仰っていたスキマですが……」 式が主に尋ねる。すると主は明るい表情になり、嬉しそうに答える。 「成功したわ、博麗神社のお賽銭箱はザックザックよ! 宴会楽しめたでしょ?」 「はい、ですがどこと繋がれたのです?」 「それはね――」 ★ 「お嬢様ああああああああああああ!!!! 泥棒です、金庫の中身がほとんどなくなっています!!」 「なんですって!?」 一人の少女が祈りを捧げる頃、一人の吸血鬼が悲鳴を上げた。 あとがき さてさて、ギャグ(?)を混ぜつつ微妙にシリアスです。 最初はここまで真剣になる予定はなかったのですが、なんとなく書いている途中に思いつきました。 そして、行間を空けると見やすいことがよく分かったので、あけてみました。 この小説ですが、大体2日くらいで考え、2日ほどで修正、推敲です。 同時に3本ほど考えていたのですが、残りの2本のアイディアが詰まってしまったのでこちらを最初に書くことになりました。 そういえばこの作品を書いていて初めて八雲家が全員色の名前だということに気付かされました、遅いよ自分orz ちなみに、最初は妖夢が酔っ払って大変なことになる物語と、このお賽銭の物語と2本考えていたのですが、前者のほうが続かなくなったので1本にまとめてみました。 自己満足の塊なので、アドバイス等あればお願いします。 読んでいただきありがとうございました。 次回作も、過去作もよろしくお願いします。 では。 TOHO/SS/HOME |