ペンネーム

はじめは、特に何も考えていなかった。ただ友達が欲しい、その切実な願い、そして私の心境を書き綴っていたただの日記だった。でも、それは思ったより大作になった。特に、魔理沙と私のことを書いたページには私がそのときにできるすべての力を使って書いたつもりだ。いつの間にか、ひとつの物語が出来るくらいに。その日記の魔理沙と私のことが書かれたページを勝手に読んだ魔理沙が、

『アリス、この日記結構面白いぜ! 小説にしてみろよ! まさかアリスが人形作り以外に特技があったとはなあ――おいおい、怒るな怒るな……うげっ!?』

 私は恥ずかしくて恥ずかしくて、魔理沙をそのハードカバーの日記で滅多打ちにした後、顔が真っ赤になった。いや、叩いている途中も真っ赤だったかもしれない。恥ずかしさで何も考えられなかった。だから魔理沙の断末魔の叫びのような声など聞こえなかった、うん、知らない。ああ、日記を見られたことを今思い出しても顔が赤くなる……。そういえばあの時魔理沙の隣に誰かがいたような気がする。まあ、どうでもいいや。紅白の服を着ていたようなきがするけどまあ誰でもいいや。

 魔理沙の意見をそのまま聞くと言うのもあれだけど、私はなんとなく、そして興味本位でその原稿を小説にしてみた。もちろん送る気はサラサラない。ただ書き綴っているだけだ。自分で言うのも変だけど元がそこそこ満足にかけていたので、それほど直す所はなかった。

「アリス、カキオワッタ?」

 上海人形が話しかけてくる。しかも何故か封筒に入れてあて先まで書いている。切手も勝手に貼っているし。

「ええ。でもそれ出さないわよ」

 ふ〜んと上海人形は興味なさげだったけど、突然、『あ、UFO!!』と謎の単語を発して、窓の外を指差したので、その単語の意味を知るため、そして反射的に窓の外を見たが、そこには鳥がピヨピヨと鳴く景色だけしか見えなかった。

「上海人形、UFOってなんなの……あれ!?」

 振り返るとさっきまで机の上にあったはずの原稿がない。慌てて探すと、上海人形がさっきの封筒を持ってどこかにむかっているのが窓の外に見えた。

「き、きゃあああああああああ!!」

 私は慌てて追いかけた。



―ペンネーム―



「ま、待ちなさあい!」

 上海人形は主人である私の命令を無視して、どこかへと向かっていく。しばらく必死に追いかけていると、上海人形が何かに気付いたように飛ぶ方向を変えた。その先には……ポスト!?

「お、お願い待って……!」

 全身走ってきたときの汗と、冷や汗だらけで無我夢中で追いかける。でも、上海人形の方が早い。ついに、上海人形はポストにたどり着いた。

「えいっ!」

 放り込まれた封筒。もう、取り出すことは出来ない。

「上海人形〜〜!!」


 ☆


 原稿を送ってから2日目、今日はまだ何もない。返事が返ってこないのが非常に不気味だ。お願いだから不採用の文字と一緒に帰ってきて……!

 原稿を送ってから3日目、変なことが起きた。『文々。新聞』のものだと名乗る人が来て、ぜひあの小説を連載させて欲しいと頼んできた。出版社内ではうけがよかったらしい。あれが公の目に入る、私は恥ずかしくなって断ろうとしたけど、なんと上海人形が私の声真似をして『ゼヒオネガイシマス』と言い出した。慌てて訂正しようとしたけど、出版者の人は聞いてくれなかった。ついに私の日記がさらされてしまうらしい。もう、どうでも良くなってきた。

「じゃあ! 明日の記事には載っていますので!!」

 新聞社の人は飛んで帰ってしまった。ああ、明日にはあの日記が公の目に……。こう考えると、肩ががっくりと下がってしまう。……人形でも作って忘れよう……。次の日の新聞は……見ないでおこう、うん。


 ☆


「朝刊で〜す!」

 来るものは来る。受け取ったけど、読まずに机の上に放置しておいた。見ない見ない、絶対見ない。外に出て、誰かと顔を合わすのは恥ずかしいので、今日のところは家でじっとしておくことにした。……この生活が後何年続くことだろう、まだ寿命は残っているというのに、すでに社会的に抹殺されてしまった。。上海人形を睨み付けるけど、上海人形は知らん顔をして私の冷たい視線を払いのけた。

 もういいや、朝食食べよう。人形たちに手伝わせ、朝食らしい目玉焼きを作る。それにしてもこの子達、料理上手くなったと思う。最近ではこの子達だけに料理させても立派な食事を作ってくれる。

 朝食の片づけが終わると今度は人形作りを始めた。今日は何の人形を作ろうかな。そういえばこの間フランドールに魔理沙の人形を作ってあげたんだよね。あのときのフランドールおもちゃを与えられた幼い子みたいで可愛かったなあ。魔理沙の人形をあげた瞬間ぎゅっと抱きしめていたし。同時に霊夢人形もあげたけど、そんなに興味なさげだったとも思う。まあ当然かな、魔理沙のを作るのに一生懸命で霊夢の分の糸が足りなくなっちゃったんだよね。それですぐに安いやつだけど買いに行ったんだっけ。

 ……そうだ、あの子には本人の人形をあげてなかった。レミリアとセットで吸血鬼姉妹の人形を作ってあげよう。ついでに咲夜人形もつけて。きっと喜んでくれるよね。

人形をどれくらいの時間作っていたのかわからないけど、疲れて椅子でうとうとしていたら突然呼び鈴が鳴った。今日は誰とも会いたくない。……留守で〜す、と心の中で念じた。意味ないのに。

『――鍵が閉まっているぜ、アリスー、寝ているのか?』

『魔理沙ぁ、やっぱり寝ているんじゃないの?』

 魔理沙だ。私の心臓が大きく高鳴った。魔理沙がいる、魔理沙がいる、扉の奥に魔理沙がいる、魔理沙が扉の奥に……。……そういえば霊夢もいるのね、ふ〜ん。

 私は自らの意に反して、とっととカーテンを閉めようとした。が、しかし、扉が開かないのを見て、窓の近くに回ってきた魔理沙は私の姿を見つけてニタ〜ッと笑うと、突然窓をがんがん叩き始めた。心臓がドキドキして苦しい。魔理沙が、魔理沙が窓の外に……隣に紅白の巫女が見えるけど、私の眼中にはない。

「お〜いアリス! 開けてくれよ」

「アリスは現在留守です」

「そうか、んじゃ帰るわ」

「え!?」
 
 さっきまで帰れと思っていたくせに、何故か私の体は魔理沙を引き止めた。すぐに扉のところに走り、鍵を開けた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 慌てて引き止める。なんだ?と聞き返してきた。言葉に詰まったが、とりあえずお茶を飲まないかと誘い、家に上げた。

「(可愛いやつめ)」

 魔理沙が勝ち誇ったように家に上がるのを確認し、カチッと鍵をかける。

「お、おい、霊夢がまだ……」

 魔理沙の言葉など耳に入っていなかった。もちろん、外からの誰かが扉を叩く音も聞こえない。


 ☆


 魔理沙を椅子に座らせ、誰かが家に来るときのために用意しておいた紅茶と、お気に入りのお菓子を差し出す。

「それで、何か用?」

「えっとよ、本当は一つだけだったんだがお前のせいで一つ増えちまった。まずひとつ、……霊夢、入れてやれよ」

「上海、ドア開けてきて」

 投げやりにそういうと、上海は浮遊し、鍵を開けにいった。私の心中を察しているのか、とてものろのろと。

「それで、他には?」

「ふたつ目、見たぜ」

 顔がぼっと赤くなる。まるで火が付いたみたいに。

「ここで見たやつよりもずっと気持ちがこもっててさ、まあ一言で言えば凄く良かったぜ」

 魔理沙の言葉を聞き、ゆっくりと理解する。私の頭の中には、魔理沙の私の作品が面白かった、という言葉が渦巻いている。魔理沙は続ける。

「だがな、霊夢の」

「魔理沙!!」

 がたっと立ち上がる。

「一回しかいわないからね!? 良く聞きなさいよ!?」

「お、おう」

「ありがとうね、私に小説を書くように言ってくれたこと、そして私の書いた小説を読んでくれたこと。とても感謝しているのよッ!!」

 今なら4、50度の熱が出ているように思う。魔理沙は驚いたような顔をしている。そりゃそうだよね、私がこんなに素直にものを言うことなんてめったにないもの。

「え!? 何だ小説って? 私はこの前アリスがフランにあげた人形のことを言ってるんだぜ? あれ、良く出来ていたなあ。ここで作っていた私の人形よりもずっとよく出来ていたぜ。なんか霊夢のが前よりも質が下がっていたような機がするけどな。フランも私の人形抱いて大喜びしていたぜ、お前って本当に凄いよ!」

 一人で興奮しながら喋り続ける魔理沙。更に魔理沙はさっき私が作っていた人形に気付く。

「うおっ、何だこれ? そうか、さっき私たちが来る前にフランドールの人形も作っていたのか! うんうん、やっぱりお前は人形作りに関しては天才だな! ん? アリス、どうした?」

 一人で喋り続ける魔理沙が黙ると沈黙が部屋全体を包んだ。人形たちすらも、動きを止める。聞こえるのは、何も知らない鳥の鳴き声と、何者かによって扉を叩かれる音だけだった。

「…………」

「…………」 

「ま……」

「ま?」

「魔理沙の馬鹿ああああああああああああああああ!!」

 この恥かしさを隠すためには、魔理沙のせいにするしかなかった。


 ☆


「で、小説ってまさかあれか? この前いってたお前の日記?」

「…………」

 魔理沙はニヤニヤ笑いながら聞いている。私はというと、真っ赤になってうつむいている。恥ずかしくて顔も上げられない。横目で、魔理沙をにらみつける。

「お?」

 魔理沙は何かを見つけたらしい。横目でチラッと見ると、灰色の紙の束が握られている。……あれってもしかして?

 私は今日の行動をもう一度思い出す。新聞配達を受け取って、それを見ないと誓い、机の上に放置した。そしてそのあとすぐ魔理沙たちがうちに来て……。

 生き地獄と言う名のフィールドが私を中心に広がる。それは決して消えることのない、悪夢にも似た記憶となるだろう。いや、悪夢は目が覚めれば消える分、そちらのほうがましかもしれない。今から始まろうとする暗黒の歴史を変えたくば、この目の前の無情な魔法使いから生き地獄の原因を取り除いてしまえばよい。しかし私の冷や汗だらけの体は、ショックで動かない。そのカウントダウンが始まり、終わるのを結局最後まで止めることは出来なかった。

「なになに……私は人形作りが得意でもあり、趣味でもある。なぜなら……」

 導火線に火が付いた。導火線の長さは、0に等しい。

 外にいた霊夢は幸福であると言えるだろう。

 
 ★


「そんなことも……あったわね」

 あれから数日後、顔中蜂の巣になった魔理沙とアリスは仲直りしていた。それで二人は仲良くアリスの家で遊んでいた。

「私に感謝しろよ、あの作品大反響じゃないか」

「ふふっ、そうね。あと、上海人形にもね」

 あの作品は大反響を呼び、本になるのはほぼ確定であろうと皆は言う。アリスの家のポストにはポストが破裂しそうなほどのファンレターが毎日送られてくる。アリスはアリスでもう開き直ったらしい、自分の日記をさらされることに対する恥じらいはあまり感じなくなっていた。もちろん魔理沙の話が載せられている時は真っ赤になっているが。

「ところでよ」

「うん?」

「このペンネーム……どういう意味なんだ? さっぱり意味が分からないんだが」

『キス・イダサリマ』

「特に意味はないわよ。でも、この言葉には、とっても大切な意味が込められているの」

「? なんだそりゃ? 矛盾してるぞ」

「あんたには一生分からないわ」


「な、なんだとう!? 絶対解いてやるからな、見てろ!」

 魔理沙は、そのペンネームの謎を解くべく、頭をフル回転させる。そんな魔理沙を見る、アリスの目はとても優しかった。それは彼女が本当に幸せなときにしか見せない、とても、珍しい目だった。

 今日もまた、幻想郷はいい天気である。



あとがき

初めて某サイトに投稿した作品です。
点数は……内緒です。
読んでいただきありがとうございました。

アリスの性格が難しいと思うのは私だけでしょうかorz
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