死月

「よし、この嘘がいい……くっくっく……」

 霧雨邸、この家の主、霧雨魔理沙はひたすら今日のことについて考えていた。今日はエイプリルフール、害のない嘘ならついてもいいのだ。

「ここで宴会部長の私が引き下がろうか? いや、引き下がるはずがない!」

 深夜に大声を出して宣言する魔理沙は迷惑極まりないが、本人は気にしていない。そういう性格だから。

 魔理沙は、すでに嘘をつくターゲットは絞っていた。まずはアリス、霊夢、そして霖之助。この三人を騙すつもりなのだ。理由はシンプルかつわかりやすい、近いからだ。

 そしてもうひとつ、一人くらいは騙したいということで霖之助、いつも騙されない二人を騙したいということで霊夢とアリス。

「アリスにはこの嘘を、霊夢にはこいつを、香霖にはとっておきのこれだ! うん、完璧だ! 今日は私の嘘に右往左往するがいい! ふははははは!」

 張り切って天に向かって拳を突き出した魔理沙はよろけてしまった。最近は魔法の研究を徹夜でやっているため疲れていたのだ。

「うぅ……起きてようと思ったけどやっぱ寝るぜ……明日――って今日か、今日は朝一で騙すぜ……」

 魔理沙のまぶたが重たくなっていき、やがて静かに寝息を立て始めた。森の生物たちが魔人の眠りに安心したかのようにコンサートを始めた。



 ★



「よし、やってやるぜ!」

 夜遅かったというのに、朝はなぜか早く起きることが出来た。張り切って用意していたものを持ち、ほうきに飛び乗り、家を出発する。

 アリスを最初にしようと思ったが、アリスはまだ起きていない可能性がある。なぜなら今はまだ太陽が現れたばかりなのだから。

 一般人なら寝ていそうなこの時間であるが、商売人の霖之助なら起きているだろう、魔理沙はそう考えて香霖堂へと向かったのだ。

 香霖堂に着いたのだが、店は開いていなかった。がっかりして帰ろうと思ったのだが、その時中から扉を開けた霖之助と目が合った。

「魔理沙じゃないか、おはよう。何か用ならちょっと待ってくれ、今あけるから」

 霖之助が店を開け、『OPEN』と書かれたパネルを扉の前に掲げた。そして鍵を開ける。

「おお、センキュー、香霖」

 いつもの愛称で呼び、中に入る魔理沙。だがすぐに仰天する。

「うわっ! 何だこれ!?」

 巨大な、石像かどうかはわからないが、岩で出来ている円形の何かがあった。人の顔が描かれていて、中心に小さな穴がある。その穴は岩に描かれているのが顔であることから、口に見える。

「ああそれかい、毎年騙されるからさ、エイプリルフール対策に用意したんだ。『真実の口』って言ってね、そこに手を入れて嘘をつくと挟まれるんだ」

 まさか香霖がこんなものを用意していたとは、魔理沙は舌打ちした。せっかく用意してきた『幸運を呼ぶ壷』が台無しになった。

 王の早逃げ八手の得、魔理沙は自分に危機が迫る前にさっさと帰る事にした。わざとらしく、あ、と呟き、続ける。

「あ、香霖、悪いけど私帰る、用事があった」

「そうかい、じゃあ、また来てくれよ」

 一応商売人として言うべき事は言う霖之助、しかしちょっとほっとした顔をしていた。理由は聞くまでもない。



 ★



 真実の口、エイプリルフールの意外な天敵であり伏兵であるそれに魔理沙は虚しくも撃退された。

「ちっ、来年は負けないぜ、真実の口よ!」

 よ、とまで言ったところで腹部から恥ずかしい音が鳴った。周りを見回すが、木しか聞いていなかったので安心する。

「しまった、朝食も食べずに来たんだった……」

 仕方なくいったん家に帰る。まだアリスたちは寝ているだろうから。



 ★



 面倒なので適当に料理をしつつ、もう一度今日の作戦を練り直す。

 さっさと作った目玉焼きをフォークで食べつつ、作戦をもう一度確認した。

「まずアリスに魔法の森にクイダオレ人形が落ちていたという嘘をつく、そして霊夢にはアリスからのラブレターと偽った香霖堂の請求書を渡す、よし、完璧だな!」

 もう一度エイプリルフールについて説明する、『害のない』嘘ならついてもよい。つまり魔理沙はセーフラインをはるかにオーバーしているのだ。これでは許可は普通下りない。

 しかし本人はそんなこと関係ないとこれから成功するであろう作戦にニヤニヤしていた。

「お、そうだ! 牛乳を飲んでおかないとな」

 日課である牛乳一気飲み。……の前に念のため消費期限を確認すると、実にわかりやすい日だった。

「エイプリルフールが消費期限か、まさかこれも嘘だったりしてな」

 あほらしいことを考えながらも、そんなことあるはずないとその牛乳を一気飲みした。腹部に冷たい感覚が流れ、一瞬頭が痛くなる。しかしそんなのいつものことで、慣れたことなので気にしなかった。

 ふとフォークを見ると、さっき食べた目玉焼きに使ったフォークがまぶしい光を放っていた。

「日が出てる……よし、そろそろ二人とも起きているだろう!」

 魔理沙は張り切って出発した。今度は、アリスがターゲットだ。自信は、五分五分といったところだ。



 ★



 アリスの家のドアをがんがんと箒で叩き、大声でアリスを呼ぶ。迷惑極まりない。

「おーい、アリス! 大変だ!」

「…………何?」

 パチュリーのような眠そうな目で、魔理沙を睨みつけるアリス。ピンクのパジャマを着たまま恐ろしい眼光ににらまれる恐怖を感じつつ、魔理沙は冷静に嘘をつく。

「…………何ですって!?」

 犬猿の中である魔理沙とアリスであるが、こういった時にはお互いの情報を鵜呑みにする位信頼しあっていた。予想通り、アリスはすぐに信用した。パジャマのまま、アリスは家を飛び出していってしまった。

 簡単に騙せたことに唖然となる魔理沙であるが、すぐに嬉しくなってきた。

「おいおい、今日が何の日か忘れてるんだな、あいつ。ばっかでー」

 まず一人が犠牲になった。アリスが後で文句を言いにきたら種明かししてやろう。その時の表情が頭に浮かび、いやらしい笑いを想像する魔理沙。

「さてと、次は霊夢だ、ひひひひひ」



 ★



 霊夢は珍しく掃除をしていた。早速のチャンスである。

「よう」

「あら、おはよう。何か用かしら?」

 挨拶を返し、ポケットから一枚手紙を取り出した。もちろん香霖堂の請求書である。

「なあ霊夢、これ、誰からの手紙だと思う?」

 霊夢は少し考え、口を開いた。

「あんたの?」

「いいや違うね、アリスからだ」

 アリス、その固有名詞を聞いたとたん箒を放り投げ手紙に飛びつく霊夢。魔理沙の手から手紙を引ったくり、何度も頬摺りをしている。顔を真っ赤にしつつも、嬉しそうだ。

「じゃあな、私はそれだけだか――ははっ」

 つい笑ってしまったが、霊夢はそのことに気付いていなかった。大成功である。霊夢は礼を言いながら、今度本格的にお礼するわと魔理沙の背中に叫んでいた。

 魔理沙が去り、このあたりには霊夢だけになった。霊夢は心臓に早鐘を打たせつつ、手紙を開いた――。



 ★



「いやー大成功だった! みんな馬鹿だよな」

 例年に従わず、今年はやたらとみんなかかってくれた。嬉しくてきゃあきゃあ騒ぎながらソファーの上に寝転がる。そして今日のことを思い出してまたニヤける。

 例年騙される霖之助こそは失敗したが、例年騙すことが出来ず、冷たい視線を送るアリスと霊夢を騙せたのだ。それなら香霖の失敗は打ち消してプラスになる。よって今年は大成功なのだ。

「ふふふ……うっ」

 笑っていたのだが、突如焦ったような表情になり、魔理沙の額に冷や汗が浮かぶ。朝から出掛けて腹部を冷やしてしまったからか、お腹が痛いのである。

「痛たたた……」

 善は急げ、魔理沙はすぐにトイレへと駆け込んだ。



 ★



「ふぅ〜今来てよかった」

 もちろん腹痛がである。外に出ている間に腹痛を起こしていたら大変だった。

 今日の目的はすべて果たした、今日はもう家を出なくてもいいかと思い、本を一冊手に取り、読書の世界へと入る。

 十ページくらい進んだだろうか、突然ドアがノックされた。誰かは知らないが、かなり荒いノックだ。

「はいはい、もっと静かにしてくれよ……」

 ドアを渋々開ける。そこにいたのは霊夢とアリスだった。二人とも鬼のような形相をしている。

「「魔理沙?」」

 二人同時に低い声で魔理沙を呼ぶ。

「な、なんだよ……何のようだ?」

 魔理沙はあまりにも強い威圧に一歩下がる。軽く体が震えた。

 霊夢が一歩、家の中に進入する。アリスもそれに続き、一歩進入する。

「なぜ嘘をついた」

「なぜだ」

 二人が鬼の形相のまま、口を開いた。エイプリルフールのことか、こいつらはまだ気付いていないんだなと表情がニヤける。

「ぷっ、二人とも馬鹿だな、今日は何の日だよ?」

「アリス」

 霊夢がアリスに声を掛ける。わかったといいアリスがひとつ人形を取り出す。アリスがその人形の背中を一度押すと、

『タダイマ、4ガツ2カ、11ジ32フン25ビョウデス』

「は?」

 人形が何度も繰り返す、何度も、何度も。一回繰り返すごとに魔理沙の顔が空のように青くなってい く。薄々、気付き始めたらしい。

 頭が徐々に整理していく、魔理沙は最近研究で寝ていなかった、それにもかかわらず、なぜか今日は朝早く目が覚めた、そして消費期限ギリギリのはずの牛乳を飲んだにもかかわらず、腹痛が起きた。

 これらの出来事は、今日が4月2日であるという定理を与えた場合、すべてつじつまが合う。

 さらに追い討ちを二人はかける。

「いつも嘘をつきに来るあんたが昨日来ないから変だと思ったのよ」

「ふふふふふふ」

 二人の表情が目が笑っていない笑顔に変わる。

「は、ははははは……許して?」

「「死ね」」

 魔法の森にひとつの、鳥たちの合唱の間を縫った悲鳴が上がった。


あとがき
エイプリルフールをはるかに過ぎた深夜、突然思いついた小説です。
実はフェイント、というオチでした。
ちなみに私は丸一日寝ていたという経験はありませんが、どんな感覚なんでしょう?

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