人形の心に響く レクイエム |
翌朝、目を覚ました私がまず思ったのが、昨日のことだった。もう一度昨日のことを思い出す。決して、魔理沙の体に傷をつけてはならない、あの本にはそう書かれていた。それがどんなに難しいことか。正直私は術で石もろとも人形を破壊するつもりだった。しかし石のみを砕かなくてはならないとなると、非常に難しい。何か良い方法はないものか。人形の魂を鎮める、何か。 「はあ……思いつかないわ……。人形のことだしアリスにでも聞いてみよ」 寝床から布団を蹴飛ばして布団から飛び出すと、早速居間に向かった。アリスはすでに目を覚ましていた。せっせと人形を作っている。上海と蓬莱はというと、本を開いて歌を歌っている。3人ともいかにもかなり前から起きてました、と無言で語っている。 「おはよう、アリス」 「おはよう、霊夢」 お互いに軽く挨拶を交わす。アリスはせっせと人形を作っているが、その人形は今までアリスの家には見たことのないタイプの人形だった。髪が黒い。そしてそれは赤と白の巫女服を着ていた。 「私の……人形?」 「ええ、私のと霊夢のとひとつずつ。すぐに魔理沙のも作るわ。目には目を、歯には歯を。そして人形には人形を、と思ってね。もしかしたら人形同士の力で解決できるかもしれないし」 「それならいいけど……他には何かある?」 アリスは残念そうな顔で、しかししっかりと語った。。 「いらなくなったりした人形たちはお寺や神社で供養してもらって焼くことがあるわよね? この本には人形を捨てる前にはレクイエムって言う歌を歌う方法が紹介されていたわ。その歌を聞かせれば、あの人形の魂を鎮めることが出来るんじゃないかしら? まあ、神頼みにも等しい手段だからあまり期待はしないけどね」 「歌、かあ……どうせやることもないし、ちょっと歌ってみようかな。歌詞は?」 こうして、私は期待はせずに鼻歌程度だけど歌を歌った。正直なところ、歌で解決できるとはまったく思っていない。しかし、完成した人形たちは違う。必死に歌の練習をしている。彼らは、本当にこの歌で魔理沙とあの人形が助かると思っているのだ。そんな彼らを見ると、一生懸命歌わざるを得なかった。日が暮れる頃には、人形たちも含めて簡単な合唱団が完成していた。そんな練習で大丈夫かと思うけど、要は心が大切なはず。心を込めて、歌うことにする。 一日中歌の練習をしていたので、声はガラガラになってしまった。明日までには直そう。結局今日はほとんど明日のことは考えていなかった。 正直不安だけど、ここにずっといても意味はない。 「じゃあ、明日は魔理沙……いや、あの仏蘭西人形に挑むわよ! いい!?」 私の意見に、反対するものはいなかった。 ☆ 運命が狂ってから今日までに一週間経った。短かったようで、長い時間だった。ついに、運命を元に戻す日がやってきた。今日は魔法の森に帰還し、魔理沙を元に戻す。絶対に、今日元に戻す。戻せなかったときのことは……考えない。必ず、元に戻すから。 「霊夢、行きましょう!」 私が霊夢にこんなことを言うことは他にあっただろうか。思えば私は他人にはほとんど無関心だったはず。ちょっと前にも考えたけれど、わからない。いつから、私は……。 「アリス? いくわよ?」 結局、最後に合図をするのは霊夢になってしまった。少し、残念。私は頷き、上海人形、蓬莱人形、そして新しく完成したアリス人形、霊夢人形、魔理沙人形とともに魔法の森へと飛び上がった。 行き先は、魔理沙の家。ついに、決戦だ。 ☆ 「魔理沙、いるかしら」 霊夢が私のほうをチラリと見て、ドアノブに手をかける。でも私はそれを制止する。 「待って、私が開けるわ」 霊夢のほうが、私よりもずっと気転が利く。だから、私にもしものことがあれば、霊夢は何とかしてくれる。だから霊夢に戦闘の準備をさせていたほうが効率がいい。そしてもうひとつ、霊夢を死なせたくはなかった。もし魔理沙か仏蘭西人形が扉の向こうで待ち伏せをしていたなら真っ先に殺されるのは扉を開ける者、つまり霊夢になる。それだけは耐えられない。 私は霊夢と人形たちのほうを霊夢のようにチラリと見て、ひとつ頷く。そして意を決してドアをあけた。 まず首を少し突っ込んで死角を慎重に覗く。そこには、誰もいなかった。少し安心して、ドアを完全に開く。 ドアの向こうには、私と霊夢が魔理沙と争った後がまだのこっていた。魔理沙が片づけを得意としていないのは有名だが、さすがにこれでは生活できない。魔法で修理するなり、補強くらいはするだろう。つまり魔理沙は、ここにはいない、いや、あれから一度も帰ってきていない? それにしても、この部屋はあの時と比べて何かが足りない。いったいなんだろう?今はわからないけど、もう少しすすむと何かわかるかもしれない。 少しすすむと、壁には霊夢が飛び込んできたときにあけた大穴と、さらに大きな穴がひとつ残っていた。そして壁には黒いしみ、そして割れたお皿。……黒いしみは血であることはわかる。でもあの時に血なんて流れていただろうか? 「霊夢、あの時血なんて流れた?」 「ええ、あなたがそこの割れたお皿を手で踏んでいたのよ、覚えてない?」 なるほど、確かによく見ればお皿には血がこびりついている。でも血がお皿の周辺以外にもある。しかもかなりの量の。 「霊夢、その割にはお皿から離れた位置にも血溜があるけど、これは何?」 「それは……私の血よ」 「え!?」 霊夢が語ったことは、私はまったく覚えていない。今霊夢に話されてそこではじめて思い出した。まるでひとつのピースがはまって、完成したパズルのように、あの時の出来事を連鎖的に思い出していく。魔理沙が包丁を投げたこと、その包丁を霊夢が受け止めて、多量の血が流れていたこと、そして霊夢に札を渡され、助けられたこと。 霊夢の右手を見た。今までは白い巫女服でほとんど気付かなかったけど、手には包帯が巻かれていた。そのわけは、今なら聞かなくてもわかる。 私は、なんということを……知らなかったとはいえ、今まで一度も謝っておらず、そしてお礼も言っていない。いまさらながら、霊夢に申し訳ないという気持ちでいっぱいになった。まもなく視界が歪む。 「霊夢ッ……! ごめんね……私のせいで……!」 「いいよ、あの時はああするしかなかったのよ、気にしないで」 涙をこぼしながら、泣き顔で謝る私とは対照的に霊夢はにっこりと笑って許してくれた。霊夢ははっきりとしていて冷たいところもあるけれど、実はとても優しい。その時、確信する。霊夢は、私の数少ない、掛け替えのない大切な友達であると。いや、友達というには霊夢は大切な存在過ぎる。これからは親友と呼ぼう。 結局、魔理沙はここにはいなかったが、私が泣き止むまではここで待機することになった。私が泣き止んだのはしばらく後だった。 泣き止んだ私はもう大丈夫、と涙をぬぐって、少し無理をして笑顔を作った。それを見た霊夢は安心し――霊夢のことだから少し無理をしていることを知っているだろうけど、話を少し戻した。 「私はこの部屋に入ったとき何かがおかしいと思った。アリスのおかげでそれに気付いたわ。私が捨てたはずの包丁がないのよ。きっと、魔理沙がアリスの家で持っていた包丁、あれがここにあったはずの包丁なのよ。ほら床に傷があるでしょ、これは私が床に捨てた時に付いたものなの」 確かに床には小さな傷があった。小さい傷だが、あの時の争いで付いたであろう無数の傷よりも遥かに深かった。私も、この部屋に足りなかったのはあの包丁だと気付いた。 「それでね、みんなは知らないと思うけどあの包丁、実はアリスの家で魔理沙が使っていたときにアリスの家の書斎のドアノブを簡単に壊して見せたのよ。金属で出来ているあのドアノブを壊すほどの包丁なら、あれを使えば仏蘭西人形の目を砕けるんじゃないかな?」 一理ある。もしそうだとしたら、相手から刃物を奪えて人形の目を砕けてで一石二鳥。もしそうでなくても、魔理沙から刃物を奪える。どっちにしろ損はすることはない。 「とにかく、まずは魔理沙から包丁を取り上げることを最優先にしましょう」 「そうね、じゃあどこに向かう? ……あんまり考えたくないけど……私の家なんてどう? ひょっとしたら、まだ人形を刻んでいるかも……」 「うん、アリスの家に行こう」 正直、あの光景を見るのはもう嫌だ。しかし、一刻も早く私の人形たちを助けたい。個人的なことだけど、霊夢も私の心を察してくれたのだと思う。 次の目的地は決まった。さあ帰ろう、人形の墓に。 ☆ やはり魔法の森の上空を飛んでも魔理沙には遭遇しなかった。恐ろしく簡単に、私の家に到着する。 家の扉はやはり私が開けることにした。魔理沙の家にいなかったのだから、ここにいる可能性は非常に高い。さっきよりも慎重に、ゆっくりと扉を開ける。 「…………」 少し、中が見えるように開く。中を確認すると、人影は見えなかった。そっと、首をさっきみたいに突っ込もうとしたそのときだった。 「けけけけけけけけ!!!!」 「!!」 狂った笑い声が聞こえたと気付いた瞬間、ドアノブの少し上から包丁が突き出た。金属で出来ているはずなのに……やはりこの包丁はただの包丁じゃないわ!そしてそれを持って外からは見えない陰に隠れていたのね……!私はとっさにドアノブを離しそうになるがより強くドアを押す。つまり、閉めようとする。例え包丁で手を刺されても、絶対この扉を開けるものか……!しかし包丁を持ったこのドアの向こうにいる誰かは強い力で包丁を押し込み、開けようとする。このままじゃ力で負ける……。正直私はあまり力は強くはないし、このままドアを押さえつけたままにしておく体力もない。それに、このままじゃ埒が明かない。いや、少しずつこちらが不利な状況になっていく。 その誰かは包丁を回転させ、穴を広げる。上海がその穴から中を覗く。 「マリサ、マリサ」 この奥にいるのは魔理沙なのね……。……ひとつ、思いついた作戦がある。人間だった頃に友達にやられたことで、情けないことに大泣きしてしまったことのある、苦い思い出の作戦。霊夢のほうを向く。霊夢はすぐに来てくれた。魔理沙に聞こえないように、霊夢の耳元で作戦を簡単に伝える。霊夢は、頷いて私から離れる。後は、私の仕事だ。 心の中で、カウントを始める。3でその作戦を始める! 1……2…… 「3!!」 3、と数えた瞬間、私は思いっきりドアノブをひいた。つまり、強い力で開けたのだ。 「!!」 急に抵抗のなくなった魔理沙は当然、転ぶ。子供の頃これをされて、顔から転び血を流して泣いたものだ。魔理沙も幼い頃の私同様、顔面から地面に突っ込む。包丁はドアに刺さったままだ。顔をさすりながら起き上がろうとするが、私と霊夢はそうはさせなかった。 霊夢はまず魔理沙の頭を押さえつける。魔理沙が頭を上げようとするが、霊夢の必死の力は強く、起き上がることが出来ない。 そして私はうつぶせに倒れた魔理沙の上に馬乗りになる。私が馬乗りになったのを見た霊夢がまだ上を向こうとする魔理沙の頭から手を離したので、抵抗のなくなった魔理沙の頭が急に上がる。そして頭と地面の隙間に腕を入れ、今出せるすべての力を腕に集中させて魔理沙の首を絞めた。魔理沙は背中を仰け反らせ苦しむが私の腕はそう簡単に解けない。 「ぐ……うがあ…………」 この背中に馬乗りになった格好なら魔理沙の苦しそうな顔を見なくてすむ。もし顔を見ていたら、この策は失敗していたと断言できる。迷いがあってはいけない。抵抗される前に、思いっきり締め上げる。 やがて声が聞こえなくなり、魔理沙の体がぐったりとなる。私は魔理沙を地面にそっと寝かせておくことにした。 「魔理沙、ごめんね」 私は扉から包丁を抜き取り、家の中に入った。 ☆ やはり、家中には壊された人形の残骸だらけだった。泣き叫びたくなる光景だけれど、もうそんなことはしてられない。上海と蓬莱も悲しまずに黙っている。 (すぐ……修理してあげるからね) 心にそう誓い、家中の扉を開ける。そしてたまたま最後になった――否、意図的に最後に開けるつもりだった扉に差し掛かった。書斎の扉だ。ここからはひしひしと邪悪な気配が漂うような気がしていた。さっきからここではありませんように、と祈りながら一つ一つ扉を開け、ひとつあけるたびにこのドアをあけなければならなくなる確率が上がり、ついに次にこの扉をあける確率が1になってしまった。人形たちの悲しみの渦の中心が、ここにある――いや、いる。 深呼吸をし、全員に覚悟がいいかを聞く。愚問だったけれど。 そっと、ドアノブに手をかけ……確かに霊夢の言ったとおり、金属で出来ているドアノブには包丁で刺したような傷がある。それに一瞬驚いたけど、覚悟を決めて扉を開く。やはり慎重に、待ち伏せをされていないかを調べるが、その必要はなかった。 机の上に、それはいた。七色の目など嘘としか思えないような、真っ黒な、焦点というものがない無機質な目だった。はっきりいって、不気味で怖い。私が作ったこの人形の美しさにはかなりの自信がある。しかし、この人形は非常に不気味だ。私が作ったときの面影をほとんど残していなかった。 「けけけけけ、よく来た、よく来た、アリス、よく来た。わが作り主よ、よく来た、よく来た……!」 壊れたようにはなし始める。無表情で口以外はまったく動いていない。 「はやく眠りなさい、そして魔理沙の呪いを解いて」 「それは、無理、無理、無理、けけけけけ……」 「残念ね……なら……あなたの目をもらうわ、覚悟しなさい」 「それも、無理、無理、無理、けけけけけけ……こっちこそ、お前の命、もらう、死ね!」 人形が、ふわりと浮き上がる。そして、おそらく魔理沙の魔力だろう。突然本棚が震えだし、本が落ちていく。すると人形はその本を手も触れずに次々とこちらに飛ばしてくる。霊夢が抵抗し、私たちの周りに見えないシールドをはって防ぐ。本は次々と見えない壁に当たっては、地面に落ちる。 「けけけけけ……うまい、うまい」 人形が本棚をも投げてくるが、それも霊夢のシールドで返された。本棚が地面に叩きつけられ、いくつかの木片が飛び散った。 もうちょっと、距離を縮めないと目以外のところに当たってしまう。そうすれば、魔理沙に傷が付く。それはなんとしても避けたい。魔理沙は霊夢と同じく、私の大切な親友なんだから。親友に怪我をさせたくはない。 どうすればいいか。距離は遠すぎる。あの人形は確実に距離をとって襲ってくるので、こちらから攻めるしかない。そして、いまさらだけど本当にこの包丁があの目を砕けるかわからない。命中させる自信は正直、ない。包丁なんて私は料理以外には使わない。 そのときだ、なんと私の人形たちが飛び出し、仏蘭西人形に向かっていく。そして仏蘭西人形の魔力で吹き飛ばされる。だがひるまず、再び向かう。そしてまた吹き飛ばされる……。人形たちも、あの人形の暴走を止めたいのね……だからああやって必死に私を、そしてあの人形を救おうとしている。あの子達だってきっとあの人形を壊してほしくはないはず。だから、あの目だけを狙っているのがわかる。しかしこれでは危なっかしく、進展しそうには見えない。それを理解したのか、アリス人形が突然仏蘭西人形に体当たりを始めた。とっさに防げなかった仏蘭西人形は吹き飛ばされ、壁にぶつかる。すばやく蓬莱人形、アリス人形、魔理沙人形、霊夢人形が仏蘭西人形の腕と足を押さえつけ、私のほうに放り投げた。仏蘭西人形は抵抗できず、放物線を描いて近づいてくる。 「あなたたち……ありがとう!」 自分のほうに飛んできた仏蘭西人形の目に向けて、私は包丁で思いっきり付いた。 「ぐがあああああああ!!」 恐ろしく簡単に、左目は砕けた。仏蘭西人形はとっさのことに暴れて苦しむ。霊夢はというと、さっきから人形に当たらないように弾幕を張り、弾幕に仏蘭西人形の気をとらせようとしていた。私の友達みんなの、チームワークだ。 混乱している仏蘭西人形を捕まえるのは1回目よりも簡単だったらしい。人形たちは仏蘭西人形を1回目と同様に捕まえ、私の前につれてきた。仏蘭西人形は抵抗を続けるが、目を砕いたからか、力が弱まっていて人形たちから抜け出せないように見える。 私は包丁を振り上げる、これで、すべてがおわる。魔理沙も元に戻る。私は力を込め、包丁を人形の目に叩きつけようとしたそのときだった、霊夢の弾幕がいきなり止まった。それはもう人形を捕まえたから弾幕を撃つ必要がないからだと思ったが、それは違った。突然、後から重いものを落としたような物音が聞こえ、小さなうめき声が聞こえた。 「動くな!!」 私がまさに人形に包丁を振り下ろそうとしたときだった。包丁の動きは、その声によって遮られた。声のした方を見ると、霊夢が魔理沙に仰向けに押し倒され、首にはナイフを、そして霊夢の右手には魔理沙の左足がのしかかっていた。 「くっ……」 なんてことだ……霊夢は右手に怪我を負っている。霊夢は抵抗しようと右腕を動かしてみるが、すぐに苦痛の表情を浮かべた。魔理沙がさらに霊夢の右手を踏みつける。さっき魔理沙を縛り付けておけばよかった……。 「くうっ……!」 霊夢がさらに苦しそうに呻き、魔理沙は残酷な笑みを浮かべている。 どうする、どうすればいい?このままでは霊夢を死なせてしまう。魔理沙の手にある、あのナイフを何とかしなければ。 …………駄目だ。 私は包丁を、地面に放り出した。 「アリス……」 霊夢が苦しそうな表情をしながらも、申し訳なさそうな顔をする。魔理沙と人形が笑い、魔理沙がさらに霊夢の手をきつく踏みつける。 「ああっ!!」 霊夢はついに耐えられなくなり、悲鳴を上げる。私は魔理沙を殴りたくなるような衝動を堪え、 「魔理沙」 魔理沙を呼ぶ。どうしても、言っておきたいことがあったからだ。 「なんだ?」 「ごめん!」 私は人形の腕を掴み、思いっきりねじった。魔理沙の腕も、同様にねじれる。ねじったのは、ナイフを持っているほうの手だ。 「ぐわあああああ!!」 悲鳴を上げたのは魔理沙だった、いや、きっと人形も悲鳴を上げたが、あまりにも人離れした声だったのでわからなかったのだろう。人形はねじれた腕を押さえて蹲っている。 ねじられた方の魔理沙の手から力が抜け、ナイフが魔理沙の背後に落ちる。とっさのことに魔理沙は左足を霊夢の右腕からどかせ、ねじられた手を押さえる。腕を解放された霊夢は巴投げのように魔理沙を放り投げると、ナイフを拾って窓の外に捨てた。そしてその辺に散らばっていた、さっき人形が飛ばしてきた本で魔理沙の首筋を殴りつける。魔理沙はうめき声をあげ、再び気絶した。 それを確認した私は仏蘭西人形を押しのけ、先程捨てた包丁を拾った。 「たあっ!!」 私は混乱している人形の目に、包丁を付きたてた。直前に人形は気付き、わずかにかわされた。目は砕けず、ヒビが入るだけになってしまったが、それでも効果はあったらしい。 「ぐげがああああああああ!!」 人形が悲鳴を上げた。先程のように、のたうちまわる。 「ぐ……おのれ……まだ、死にたくは…………人間に、復讐を……」 危なっかしく飛び、目を押さえながらも私たちのほうに向かってくる。どうしよう、いまなら簡単に止めを刺すことが出来る。でも、さっきまでは必ず目をつぶして人形を倒すと誓ったにもかかわらず、なぜか手が動かない。どうすればいいの? 私のほうを見ていた霊夢が突然、目を閉じた。そして、息を吸い込んで歌を歌い始めた。それは何度も何度も練習した、あのレクイエムだった。人形たちが喜びのため飛び上がり、歌いだす。 私も続いて歌う。 歌っていくにつれて、私たち以外の声も聞こえるようになった。私の家の人形たちが、歌っている。みんな、私たちに力を貸してくれている。仏蘭西人形の体が徐々に光り始めた。神々しい光だ。 「え?」 一瞬、光っていてよく見えなかったけど仏蘭西人形の目から光が一滴落ち、口元が微笑んだような気がする。やがて人形の目は砂のように崩れ落ち、人形の体が光を失いはじめた。 「……………………ありがとう…………」 人形が最後に、そういったような気がする。そのときの人形の顔は、さっきまでの無表情ではなく、笑顔で輝いていたように見えた、いや、きっとそうだったのだろう。目を失っていたが、私にはどんな美しい人形にも負けないような魅力を持った人形に見えた。 やがて、完全に人形から出ている光が消えると糸が切れたように地面に落ちていく。私はそれを受け止め、ぎゅっと抱きしめた。 「…………」 だれも、何も言わなかった、いや、いえなかった。沈黙が続くうちに、やがて1人が動き出す。 「ううん……あれ? 私はいったい?」 魔理沙が目を覚ましたことに喜びを感じた。しかし何故だかわからないが、私の心にはしばらくレクイエムが響き、止まなかった。そして、この目から溢れる涙も、しばらくは止まらなかった。多分、霊夢は人形たちも同じ気持ちだと思う。私たちは地面に蹲り、ただただ泣き続けた。 ☆ あれから1ヶ月がたつと、魔理沙の家の修復と整理、私の人形の修理がほぼ終わっていた。といっても魔理沙の家は修理と整理が終わっても散らかっていたような気がする。でもそれは元からだろうから特に気にすることはない。 それはともかく、私が作ったあの仏蘭西人形は結局嫌がる魔理沙からいったん無理やり回収することにした。魔理沙はあの後私たちの話を聞き、今までのことを反省していた。必死に土下座をされて謝られてはさすがに許さざるを得ない。私も、魔理沙の腕のことを謝った。でも、今でもまだ気になることがある。魔理沙曰く、少しひねっただけですぐ治るといっていたけど、今もまだ治っていないことを私は知っている。あの時の腕をひねるという判断はあれしか思いつかなかったのだけれど、本当に最適な判断だったのか今でもまだ迷う。あれはいくつにも分かれた運命の一本の道に過ぎない。真のハッピーエンドで終わることが出来る道もひょっとしたらあったのではないか、そう考えるのだ。 その話をすると必ず魔理沙は話を変えようとする。そしてちょっと前その話しになったとき、魔理沙はやはり無理やり話を変えた。 『あの人形、今度は普通の目をつけて私にくれないか? もとはと言えば私がまいた種で、あいつは可哀想な人形なんだしさ』 そうなのだ。実は上海と蓬莱に聞いたところ、あの人形についていた目は魔理沙が森から拾ってきたものらしいけど、どうやら以前も人形の目として使われていたらしい。しかしあるとき人形は心ない人間によって切り刻まれてばらばらにされた。自分をばらばらにした人間を呪ったのだが、そのための生贄が必要だったらしい。そして人間たちに復讐をしようとして、人形の体にとりついて魔理沙を操っていたそうだ。また、私の人形を切り刻んだ理由は、私の家で幸せそうにしている人形が許せなかったらしい。 これはあの仏蘭西人形がうちにいたとき、上海と蓬莱が直接聴いた話らしい。 その話を聞いたとき、私はあの人形がかわいそうに思えて、あの仏蘭西人形を始末しなかった。結局、アリス、霊夢、魔理沙人形とともに魔理沙にあげることにした。魔理沙に渡したときの人形の笑顔は、人形を渡されて喜ぶ魔理沙の笑顔に似ていた気がする。ちなみに目は可愛らしいように、黒い目を刺繍してみた。 どうやら魔理沙はその人形と仲良くやっているらしい。私はあの人形には命を吹き込んでいない。しかし、魔理沙はあの人形を気に入ってくれたみたいだ。そのうち本当に動くんじゃないかと思う。 ちなみにあの包丁のことは、魔理沙が後日はなしてくれた。あの包丁は魔理沙が蟹などの堅いものを切るために香霖堂から購入したものらしい。といっても、魔理沙が買い物をするとは思えないが……その辺は想像に任せる。その包丁は少し魔法がかけてあり、堅いものを簡単に切ることができるという特殊な包丁だったということだ。もしあれが私に刺さっていたら、ということは考えないようにしている。霊夢の傷は、もうかなり治っているらしく、傷が膿んでしまったということはないらしい。 話は変わるけど私の親友二人はというと、今まで以上にともに遊ぶことが多くなった。あれから1ヵ月間、毎日顔を合わせている。そんなときに私は気付く。 ――これが友達を持つ幸せなんだな、と。 今の友達を決して失わず、これからも仲良くしよう。友達と仲良くするということは今回私が学んだことで、今まで知らなかった、ひとつのとても大切なことだ。 ちなみに、私は来年のあの事件が終わった日には人形たちとあのレクイエムを歌うことにした。もちろん来年だけではなく、これから毎年だけど。それが、私があのかわいそうな人形に出来る、ただひとつのことだと思う。 そして私は今日もまた人形を作っている。この前の仏蘭西人形の姉妹をイメージして作っている私の自信作だ。なぜか失敗する気がまったくない。きっと素晴らしいものができるだろう。 また、もうひとつ、赤い服と白い服の仏蘭西人形を製作中。金髪だから違和感があるかもしれないけど、巫女のような服を着せる。 誰にあげるかって?もちろん、親友たちに決まってるじゃない。 いつの間にか、私の心は一人ではなくなっていた。 幻想郷の朝は、今日もすがすがしい。 あとがき やっと終わりましたあぁ……製作にかかった時間はおよそ5日ほどです。 ネタを出すのに1日、そして最後まで書くのに4日ほどでした。 短い予定でしたが、思ったより長かったので3つに分けました。 正直、かなり疲れました。 どうでしょうか、前の作品(ペンネーム)よりかはいいかと思います。 一人称と三人称を使用していますので、混ざらないように隙間を空けてみました。 しかし、残念なことがひとつ。 どうしても、アリスが無関心なキャラになりきらないorz 最初はアリスを無関心にするためにアリスがとりつかれた魔理沙を見捨てようとして、霊夢にビンタされるシーンを考えていたのですが、話が作りにくかったので割愛いたしました。 しかし、残念です、はい。 とりあえず、一度書きたかったシリアスを書き終えました。 最近シリアスネタが思いつかなくて苦労させられましたが、突然ぱっと思いつき、そのまま形になってしまいました。 最後に皆さん、作品を読んでいただいた上、こんなあとがきを読んでいただきありがとうございました。 皆様には感謝の言葉もありません、本当にありがとうございました! 次回(出来ればこれまでの作品)もよろしくお願いします。 では! 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