100年の絆 |
パチュリーのほうが気になる、というコメントが沢山ありましたので、補足としてこの小説を書かせていただきました。 『500年の愛』を別の視点といいますか……パチェバージョンでお送りいたします。 『500年の愛』を読まれていなくても大丈夫だとは思いますが、読んでいただけると作者が喜びます。 この作品を読んだ後でも先でも結構なので、『500年の愛』のほうもよろしくお願いします。 ちなみに作者のおすすめとしては……やはり『500年の愛』から読んで頂けたほうが……いえ、やはり私には判断できないです、ご自由にどうぞ。 長くなりましたが、下のほうにいきますと、本編スタートです。 それと、私のサイトに感想・批評掲示板がありますので出来ればそこd(スキマ 「〜♪ 〜♪」 紅魔館の図書室。そこは紅魔館地下の一室であり、たくさんの貴重な本が眠る場所である。この幻想郷ではごく少ないが、この図書館を金庫のように大切な場所であると考える人もいる。そのうちの一人であり、図書館の主であるパチュリーは珍しく外に出掛けていた。その辺で大きな鳥の餌になっていないかが正直心配であるが、ついていくわけにもいかない。図書館の司書である小悪魔は、寂しさを感じながらも図書館の掃除に精を出していた。 「うわ……こんなに埃が……」 普段は見ないところ――例えば棚の上や人気のない本棚など――も今日は徹底して掃除をする。今日はそういう気分なのだ。しかし広い図書館であるので、掃除は一苦労である。しかもたった一人の寂しい掃除であるので、楽しい気分になりきることは出来ない。疲れたー、と本棚に向かって一人で呟いてみるが、当然誰も、何も答えてはくれない。口に出したことによって改めて自覚したのだが、疲れた。 「のど……渇いたなあ」 喉が渇いたので、司書の部屋に帰ってお茶でも飲もうと思った小悪魔は、ほうきを机に立てかけてその場を後にした。 「ふぅ……」 お茶を飲んでのほほんとした気分になる、紅茶であるから違うのではないかという疑問はあるものの、この際関係ない。お茶を飲んで心を落ち着けていると、小悪魔は心の中でひとつのことが気になってきた。どうなっているのだろうか、と自問自答してみるものの、わかるはずがない。しばらくはあそこに行っていないのだから。その疑問とは、パチュリーの部屋は片付いているだろうか、という事であった。この司書室の隣、そこがパチュリーの私室である。そういえば最近部屋の中を見ていない。一週間ほど前、夜遅くに何かを探すような物音が聞こえたので部屋の中はまだ綺麗かもしれないが、小悪魔はあくまで音を聞いただけなので、実際は掃除をしていなかったのかもしれない。 「ふふふ……」 どうやらいい事を考えたらしい、顔がにやけていく。小悪魔の考えをわかりやすく表現すると、自分が掃除をしてパチュリー様を喜ばせればいい、うんそうしよう、はい決定、というわけだ。自分以外に生物がいないため誰も反対することはない。小悪魔の考えは即採用、実行された。 実は昨日、パチュリーの読書中にしつこく紅茶を勧めたのでパチュリーの眠そうな、しかし限りない怒りを含んだ恐ろしく、そして氷のような冷たい目で睨まれ、パチュリーと小悪魔の関係が温度低下、すなわち悪化した。ちなみに今の二人の温度は絶対零度である。 そこで小悪魔は思いついたのだ、パチュリーが喜ぶことをして機嫌を直してもらい、そして昨日のことを謝ろうと。そのさまざまな結果が頭の中で次々と浮かび、微笑む、いや、ニヤける。想像した結果の十の内の百が成功図である。失敗図は間違っても考えない――というより、思いつかない。完全にデリートされているのだ。すべてが完璧である、小悪魔の頭の中では。現実は厳しいということを誰かが教えてやるべきではないのか。 笑いながら飲んだ紅茶によってむせ、紅茶が自分の鼻から出てきて少し悶絶するが、まだ笑いは止まらなかった。そのため余計にむせてさらに苦しくなる。小悪魔の頭はひとつのことが成功することを考えると忘れっぽくなってしまうらしい。例えば、パチュリーは勝手に部屋に入られるのを嫌っている、といった感じのことを。小悪魔の頭の中のその記憶は、重い引き出しに封印されていて、その上に頑丈な鎖で固定されてしまっている。 ==100年の絆== 暗くてよく見えない部屋の中を、目を凝らして見る。パチュリーの部屋は綺麗だった、というのは小悪魔の理想だったのだが、見事に裏切られた。実際は本がいたるところに積み上げられていてとんでもないことになっている。最近忙しくて掃除が出来ない、という言葉をそのまま移している部屋がそこにあったのだ。一週間ほど前にこの部屋から足音が聞こえたのだが、そのときに掃除をしていたのではなかったのか。小悪魔はあのパチュリー様が……とショックを隠せない様子であったが、どうしようもなかった。事実は事実だ。 それにしても凄い埃だ。どのくらいの量なのだろうか。小悪魔はひとつ、実験してみることにする。 「ほい」 本屋が迷惑立ち読み客にパタパタやるアレで本の上を叩くと、ぶわっと恐ろしい量の埃が舞い上がった。実験を通してわかったこと、三ヶ月は掃除していない。実験の結果を書き留める必要などなかった、十分インパクトがあったからだ。 「うわ、けほけほ」 埃のせいでひどく咳き込む。こんなところに住んでいるなら喘息は治らないわな、と思いながらも小悪魔は窓を開け……窓がなかった、地下だから。地下に外と繋がる窓を作る建築士の心というものがわからない、どうやら紅魔館は幻想郷では珍しく常識人な建築士が造ったらしい。 仕方なく扉を開ける。廊下の光が部屋の中をわずかに照らすが、それでもパチュリーの部屋は薄暗くて周りがよく見えない。それにちょっと狭い。そして部屋は本がおかれているために床の面積は少なく見える。床だけで確認すると、狭い、大体小悪魔が二人並ぶと窮屈になるくらいの一本の廊下のようになっており、その廊下はひとつの机に続いている。 「明かり……明かり……」 廊下の光が入っているものの、薄暗くてよく見えない部屋を探す。すると部屋の奥にある机の上に完全に埃をかぶって灰色になったろうそくなどの一式が見つかった。それを手に取り、埃を払うと手が灰色になってしまった。ちょっと嫌な仕事であるが、ここを綺麗にするとパチュリー様に喜んでもらえるだろうか、いや、間違いなく喜んでもらえるだろう。そう考えてマッチに手を伸ばす、そのまま普通に火をつけようとした。 「ん……あれ? あれ?」 マッチがつけられない。念のため断っておくとマッチが湿気ているのではない、小悪魔が下手なのだ。勢い余って何本も折ってしまう。小悪魔は普段こんな物は使わないので、マッチをすったことは人生で数えることができるほどしかなかった。 「んっ……よし!」 十本目にしてやっと成功した。机の上には小悪魔の失敗の哀れな犠牲者たちが無残にも横たわっていた。みな自分の役目を目の前の小悪魔――この場合は悪魔――によって自分の役目を台無しにされた。横たわる亡者の小悪魔に向ける悲しい声は聞こえるはずはなく、小悪魔は振り向きもしない。たった一人の生存者、つまり役目を果たすことができたものの、橙色の炎が徐々に薄暗くてよく見えない部屋を照らしていく。小悪魔のまわりに積まれた本の影が小悪魔を中心に発生し、少し驚く。 「それにしてもパチュリー様の本凄い……」 何十年も前から集めているであろう本が、たくさん置いてある。ろうそくに火をつけるのを忘れるほどの大量の本だ。小悪魔が見て一番驚いたのが、部屋は狭いと思っていたのだが、そうではなかった。積み上げられた何冊、いや何百冊、もしかしたら何万冊にも及ぶかもしれない。それほど大量の本が壁になっていて部屋が狭く見えたのだ。天井のほうを見ると、わずかであるが壁と天井の間に隙間がある。これは壁ではないということを物語っているのだ、まあ壁だが。はじめは柱だったのだろう、しかしどんどん本が増えていくにしたがって、壁になったのだ。 本の山の中にはちょっとアレな本もあったのだが、小悪魔はパチュリーの部屋の面積にあわないほどの本の量に驚きを隠せないでいた。それと同時に、こんな部屋に住んでいてよく時間が狂わず毎日普通の生活ができるなとも思う。毎日パチュリーは早起きをし、小悪魔が起きる頃にはとっくに図書館で本を読んでいるのだ。夏は暑いだろう、本の壁によって部屋の気温も早く上がるだろうし。冬は寒いだろう、暖房器具も見つからないし。そしてこの暗い地下、昼も夜もわからないだろうに、たいしたものだ。ある意味尊敬に値する。 ちなみにそんなことに夢中に考えていたために、手元のマッチことはすっかり忘れている。だがそれを思い出すまでの時間はそれほど長くはなかった、終わりはすぐそこまで来ていたのだ。 「熱ッ……!」 火の付いたマッチの先が徐々に曲がっていき、やがて折れたマッチの先が小悪魔の指に落ちた。熱さに驚きマッチをとっさにどこかに放り投げてしまう。たった一人の生存者は自由を求めて飛び立った! 「あ……」 慌てて光の方向に目を向ける。小悪魔の手から離れ、徐々に遠くに飛んでいく橙の光。それは本の壁を越え、放物線を描いて落ちていき……。 光は見えなくなった。しかし、天井はなぜか少し明るい。まだ火が付いているということだろう。しかしこちらからは何も見えない。 「え!? 向こうで何が!?」 向こうに飛んでいったマッチがどうなったのかは心配である。小悪魔は本の壁から一冊の本をジェから始まる木を抜き取っていくゲームのように、そっと崩さないように抜き取った。ちなみに本から一本抜くと木になる、だからといってその本の壁が木になるわけではないが、この際関係ない。 小悪魔がその穴から本の壁の奥を見る。 「きゃああああああああああああ!! 誰かああああああああああ!!」 なんと黒煙が発生し、炎が巻き起こっている。火はやはり消えていなかったのだ。 「大変大変大変大変変態!!!!」 パニックになった小悪魔が本の壁をたどっていくと、部屋の奥のほうの壁と本の壁の間にわずかな隙間があるのを見つけた。ここは通れるかもしれない。小悪魔は壁に張り付き、かに歩きで本の壁の向こうに行こうとする。 「ん……!?」 残念ながら無理だった。小悪魔の体以上に、その狭間は狭かったのだ。 「仕方ない!!」 本の壁から本を抜き取り、自分が通れるスペースを確保しようと思ったのだが、慌てる小悪魔、不安定な本の壁。この二つの最悪条件がそろってしまった。この条件から生み出せる答えはひとつ、崩壊である。例外は決してない。 まるでドミノの様に、ブックウォールは小悪魔のいた、部屋の端から美しく順番に崩れていく。その本同士が生み出す倒れたときの破壊力は、決して常人に止められるものではない。もちろん小悪魔にも無理だった。本の壁が倒れきると、一気に部屋が広くなったように見える。床の面積はかなり小さくなったが。 「ああ〜パチュリー様に怒られる〜……ってそれどころじゃなかった!」 もはや崩れてしまったものは仕方がない。本当は司書としてのプライドが許さないのだが、この際仕方がなかった。崩れた本を踏みつけて、火の発生する場所へと向かう。その途中、厚めの本を拾ってそれで火を一心不乱に叩いた。水なんて汲んでいる暇はなかった。しかし火は消えるどころか、徐々に強くなる。もうそろそろ炎と呼べるほどのレベルだろう。 炎はなかなか消えない、それもそのはず、床にたまっている床上浸水したような埃の山、考えようには埃の海が炎の巨大化を支援していたのだ。これでは消えるはずがない。その辺にあった本も少し焦げ始めた。 「誰かああああああああ!! 助けてええええええええ!!」 自分の焦りに比例するように燃え上がる炎。煙で意識が危うくなる。助けてくれるなら誰でもいい、パチュリー様が来て怒られてもいい、だから誰かこの炎を消してください、小悪魔は願い続ける。のどが渇いてきて口から出る必死の叫びが止まっても本を上下させ、一心不乱に炎を叩き続ける。その時であった、いや、もしかしたら本を振り上げた時間と本を振り下ろす時間のほんのわずかな狭間のうちに起きたのかもしれないが。 「痛い、痛い、やめて!!」 さっきまでと叩いたときの感触が違う。小悪魔は叩いているものを見ると、咲夜だった。炎は完全に消えていて、煙がぶすぶすと発生している。床は真っ黒で、炭のようになっている。暗いはずなのに回りがよく見えるのは、咲夜の足元にランタンがあったからだった。 「さ、咲夜さん……よかったですぅ……」 なにやら赤い瓶の様なものを持っていた咲夜が、安心して床にへなへなと力なく倒れる小悪魔を見下ろし、その赤い瓶で殴りつけた。 「うぐっ!?」 その瓶と小悪魔の頭がぶつかったときにのみ発生する、珍しい化学反応に似たようなレアな音が部屋中に響き渡る。予想を超えた衝撃に小悪魔の頭ではひよこと星が楽しそうに舞踏会を始めた。その瓶は金属製らしい、堅くて、叩かれたときに独特の金属音がしたから。ちなみに先っちょに黒いホースがついている。こんな変な物体見たことないから、香霖堂から仕入れたのかもしれない。それにしても何に使うのだろうか、もしかして小悪魔を叩くために咲夜はこれを持って来たのか、そう頭の中で考える。咲夜がすうっと息を吸い込む。予測できたとは思うが、雷が落雷した、否、雷が落ちた。 「なにやってるのあなたは!!」 凄い剣幕で怒られる小悪魔、しかし反論するための権利も気力もないので下を向いてただ反省する。咲夜はさらに怒ろうとしたのだろうが、小悪魔の泣きそうなその様子にため息をひとつつき、口を開く。正直なところ咲夜は小悪魔や、自分の部下たちのこういった表情に弱かった。こういう表情をした場合はどうしても許してしまうのだ。ちなみに約一名の詐欺兎が過去に、メイドからお菓子を盗もうとして、咲夜に捕まったところ、同じような顔をして逃れようとしたがなぜか滅多刺しにされた。咲夜本人も何故許さなかったのかはわからなかったという。 「パチュリー様が帰ってこられたらちゃんと謝るのよ」 「はい、咲夜さん、すみませんでした、そしてありがとうございました……」 「いいから、はやく片づけるわよ。私も手伝うから」 「ええ!? さすがに手伝ってもらうわけには……」 「いいの、どうせ今はやることないし」 「……ありがとうございます、咲夜さん……うぅ……」 小悪魔の目から涙が一、二滴零れ落ちた。それは感動のためであろうと咲夜は受け取っておくことにした。咲夜は小悪魔を自分の視界から外し、その辺に散乱している本を数冊手に取った。予想外の重さに腰が痛くなる。 (お嬢様、呼んでいらっしゃるようですが今は手が離せないのでお許しください……申し訳ありません) 咲夜の耳には紅茶を要求するレミリアの声が聞こえているのだが、はるかに危険が迫っている小悪魔の助けを優先するべきだと考えたのだ。時間を止めればいいじゃないかということも咲夜は考えたが、もし時間を止めたら小悪魔も止まってしまう。それでは小悪魔が何もしなかった、と責任感というものを感じるだろう。だからこの仕事は時間をかけてでも二人でやろうと咲夜は考えたのだ。小悪魔はそんなことは知らないが。咲夜は心が少し痛んだが、あとで謝ればいい。さっさと終わらすことにした。 「さて、はじめるわよ」 小悪魔は本を積むのには慣れているようだった、咲夜が思っていた以上に小悪魔は有能だった。さすが司書である。 ★ そして時間は流れていく。本を積む作業は疲れるが、それほど時間はかからなかった。咲夜の普段からのハードな家事によって鍛えられた能力と、小悪魔の本を扱う能力が合わさっていたからである、普通の人なら1日では終わらなかったであろう。それにもかかわらず、彼女らは一本のろうそくが消えるよりも前に終わらせた。本当は少し時間を止めたのだが、幸い小悪魔は気づいていない様子だった。 本の並べ方は少々雑であるが、この際仕方がない。小悪魔が入ってきたときよりも狭くなってしまったので歩きにくく、場合によっては本を跨がなくてはならないが、それでもさっきの倒れたときよりはましだろう。ちなみに床の焦げは本を積んで隠した。どうせすぐ謝るのだから意味はないかもしれないが。 「咲夜さん、ありがとうございましたあぁ……」 「いいわよ別に、いつもよりは疲れたけどね。次からは気をつけるのよ」 「はい、本当にありがとうございました」 確かに疲れた。いろいろな本があったが、パチュリー直筆の本もたくさん見つかった。パチュリーはレミリアに給料をもらっていないと言っていたが、小悪魔には毎月給料がしっかりと間違いなく渡される。どこからお金を仕入れているのかと思ったらこういうことだったのかもしれない。毎月新しい本を購入し、小悪魔の給料を遅れることなく支払っているのだからパチュリーは作家としては割と上手くいっているようである。なかでも『もやしの歴史』という本はベストセラーと書かれたラベルが巻かれていた。そういえば咲夜が買い物に出掛けたとき、棚中を埋め尽くすその本が置いてあった店を何件も見た、その偉大な作者様がこんなに近くにいたとはなんとも意外である。彼女たちは知らないが、紅魔館の図書室の『もやしの歴史』の貸し出し待ちの人数は82人である。どうやらパチュリーは本を読む程度の能力だけでも、日陰の紫もやしでもなかったらしい。さすがは知識人だ。インテリゲンティアだ。 「ところで小悪魔、そこに本が一冊落ちてるけど?」 咲夜さん、お茶を持ってまいりましょうか、咲夜の一言で小悪魔はその言葉を言うことが出来なかった。 「え? あ、ほんとだ」 小悪魔の、あと一歩下がっていたら踏んでいる場所に落ちていたその古い本を拾い上げると、小悪魔は気付いた。この本はさっき自分が火を叩き、咲夜を叩くのに使った本じゃないかと。その証拠に埃に包まれているはずのその本の表紙に自分の手形が残っていた。念のため手を合わせてみると、ジャストフィットである。咲夜が来たときに置きっ放しにしてしまったらしい、小悪魔のその本に対する記憶が消えた場所にその本は置かれていた。 特に意味はなかったのだが、なんとなく気になり、最初からめくってみる。いくつもの横線が引かれており、丁寧な字がその間に書かれている。上のほうには日付も書かれていた。普通の本とは違う。 「それ……日記じゃない?」 「え?」 小悪魔はその本を見るが、間違いなく、パチュリーの字ではない。しかもこの本はかなり古い、その日記には……。 ★ 今日はこの紅魔館に新しい命が生まれました、名前はパチュリー・ノーレッジ様。 17代目メイド長(姉さん、堅苦しいのでここでは姉と呼ばせていただきます)から図書館の手伝いをするように仕事を当てられたので、今日から私は図書館の司書(受付のみ)及びパチュリー様を世話する立場になります。 しっかりと、成長していただきたいのですが、お気の毒なことに、パチュリーさまは病気をもたれているそうです。 私はパチュリー様の病気の発作が起こったとき、しっかり支えて差し上げなければなりません。 もし私の退職後、この図書館に勤務されるメイドがいればこの日記をつけてください。 ★ 「パチュリー様の成長記みたいですね、パチュリー様のための、何か大切なことがわかるかもしれません、読んでみましょう」 「小悪魔、下心見え見えよ、まあいいわ、読みましょう」 小悪魔は悪戯心を持つ最近は見せることはなかった小悪魔らしい笑みを浮かべ、この日記を読むことを咲夜に同意させようとする。小悪魔は自分の主人の昔の姿を見たいのだ。パチュリーは普段は冷たく、本以外のことに無関心なように見えるが、実は優しく、可愛いところがたくさんあるのだ。長年の付き合いである小悪魔はそんなことはもちろん知っている。昔はどうだったのだろう、と気にになっているのだ。 咲夜はというと、さすがは紅魔館の人々を良く見ているだけはある、そんな小悪魔の下心などとっくに見抜いていた。しかし正直なところ、咲夜も興味はあった。似たような記録が自分の部屋にあるからだ。その記録の主役の友達は、どんな記録を残しているのだろう、そう考えたのだ。 せめてもう少し明るいところで、ということでろうそくがある机の上に移動し、咲夜のランタンもそこに置く。ろうそくの火はさっき付けたときに確認したから、短すぎて途中で火が消えるなんてことはまずない。そしてここは地下、某黒白の魔法使いが来ない限り邪魔は入らない。 先程の、レミリアが紅茶を要求する声は片付けの途中に聞こえなくなっていた。きっとその辺にいたメイドに入れてもらったのだろう、咲夜はそう考えてページをめくるように促した。しばらくは咳き込んだ、ということばかりだったのでちょっと飛ばす。何年くらい飛んだだろうか? ★ パチュリー様は本当に可愛らしい子です。 今日はくまのぬいぐるみを渡しただけで、きゃっきゃと喜ばれ、夜もずっとそれを抱いて私の横でお休みになっています。 ちなみに私はというと、こっそり布団を抜け出してこの日記を書いています。 こんな可愛らしい一面が見えたのですから、日記に書き残しておきたくて。 最近は咳き込まれた、ということしか書いていませんので別のことが書けて喜びを感じております。 あ、今寝言を仰いました。 「くまちゃん、かわいい、大好き」と。 あなたのほうが可愛いですって、パチュリー様。 ● 昨日のかわいらしい言動などご本人はご存じないでしょう、寝起きのパチュリー様はくまがないことに気付き、お慌てのご様子でした。 実は私が悪戯してお休みのパチュリー様の手からくまのぬいぐるみを抜き取って枕元に移動させたのです。 そのときのパチュリー様のお慌ての様子、そしてそれを見つけられたときの安心された顔といったら、やはり可愛らしく、天使のようでした。 ……昔から、パチュリー様のかわいらしさを一日にひとつのペースで見つけています、紅魔館に昔から仕える名前は忘れましたが、変なメイドの集団に自分が近づいていないかがちょっと心配です。 もちろんこの仕事は降ろされたくはないので、ある程度は自粛しますが、やはりパチュリー様は可愛い……。 そういえば、夕食のときにパチュリー様は紅茶をうっかりくまのぬいぐるみにかけてしまい(ごく微量でしたが……大体小さめのスプーン一杯ぐらいでしょうか)、ごめんねごめんねと謝るしぐさもまた可愛らしく、そしてこの方は優しい方だとも思いました。 この方はこの歳でも十分な知識をもたれています、きっとぬいぐるみに命がないということくらいわかっていらっしゃるでしょうに。 しかしそれでも命があるかのようにぬいぐるみと接するパチュリー様は、将来はきっと大物になると実感しました。 ★ 「ぷ……」 小悪魔は吹き出しそうなのを堪えている。咲夜はというと、ふむふむと言わんばかりに頷いている。この話を知っているのかもしれないし、パチュリーはこんな子だったのか、とはじめて知ったのかもしれない。 「パチュリー様……可愛い♪」 小悪魔はいつもは見ることが出来ない、自分の上司の幼い姿に驚きと喜びを隠せない。明日からパチュリー様の顔を見るたびにニヤけてしまいそうだ、と少し恐怖のようなものも感じていた。しかし、このような一面が見れて喜びを感じているのは事実だった。もしこのメイドに会う事があれば親指をビシッと立ててあげたい。 そして小悪魔は、最後のほうに記されていたぬいぐるみに謝ると言うしぐさを想像したらしく、ついにブッと赤い噴水を噴いた。可愛いなあもう、と咲夜の背に平手を思いっきりかまし、咲夜の手から何かが光り――小悪魔の体からは新しい噴水が噴出す。パチュリーの本を汚してしまった、謝ることが増えてしまったではないか。パチュリーに許してもらえる見込みはまずない。しかし小悪魔と咲夜はそんなこと完全に忘れている。小悪魔はその続きを読むこと、そして咲夜はというと背中の痛みを何とかすることが優先だったからだ。 ★ パチュリー様が咳き込んでおられました。 すぐに薬をお渡ししたところ、何とか落ち着かれたようです。 くまのぬいぐるみを抱いておられて、苦しいよ、助けて、と呟いておられました。 非常に不憫でしたし、今も不憫に思っています。 私とぬいぐるみ以外に自分の苦しみを伝える相手がいないなんて。 そういえば今日、レミリアお嬢様がお友達が欲しい、と仰っていました。 そういえばたった一人の妹様、フランドール様は地下に幽閉されていてもう400年ほどになります。 私は当時のことを記憶していますが、もうそんなに経ったことが信じられませんでした。 遊び相手がいらっしゃらないようで、可哀想に思えました。 パチュリー様のお話に戻しますが、パチュリー様にお友達はいらっしゃらないので、お二人を会わせてみてはどうかと思い姉に相談したところ、快く賛同してくれたので明日、二人を合わせることにします。 パチュリー様は明るくていい子なのできっと仲のいい友達になれると思います。 それに、病は気から、といいます。 レミリア様と遊ばれることによって元気になれば病気が少しは軽くなるかもしれません。 ● お二人をあわせることにしました。 私は姉の指示によってお買い物に行ってきました、正直これほどお買い物が嫌になったことはありませんでした。 買い物を済ませたころにはもうすでに夕刻になっていました。 姉にお二人の好物を買ってきたと報告すると、よくやってくれました、と言わんばかりの笑顔で礼を言われました。 姉は何かお二人に失礼なことでもしてしまったのでしょうか? パチュリー様に、レミリア様に、そして姉に聞いてみても教えてくれませんでした、「秘密だもん、ねー」と仰いながら。 私をハブらなくても……。 そういえば、お二人には姉自ら料理をして差し出したようです。 そのときのおふた方の幸せそうな表情といったら、残せるなら絵を残しておきたいくらいでした。 そのお料理とは姉特製のオムライスです。 そしてデザート(別の書き方をするととどめ)にイチゴのショートケーキです。 この二つは私も昔食べさせてもらいましたが、絶品でした。 私もあのような料理の技術がいつかは欲しいと思います。 ちなみに作り方を聞いて、そのメモをこの日記に挟んでおきました、いつかは使うことになるでしょう。 ★ 「なるほど、これがパチュリー様とレミリア様が仲良くなられたきっかけですか……」 「そうよ」 「え、咲夜さんご存知だったんですか!?」 「別の角度からね」 「?」 不思議そうな、そして納得のいかなさそうな表情を小悪魔は浮かべ、ふ〜んと誰に言うわけでもなく呟く小悪魔。 咲夜は最後の日記に注目していた。自分には出来ないかもしれない、だが一度オムライスを二人に作ってあげようかと考えていた。 「小悪魔、ちょっと貸して」 「? はい」 咲夜はさっきのページに指を挟み、日記帳をひっくり返して上下に揺する。しかしそのメモのようなものどころか、埃以外におちてくるものはなかった。 「残念だわ……」 「咲夜さん、私、今度探してみますよ!」 「そう……じゃあお願いできるかしら」 「はい!」 だから、早く早くと日記帳を咲夜からとろうとする。続きが気になるのだ。 ★ 今日はとても嬉しいことがありました、なんとパチュリー様をお守りしたのです。 簡単に説明すると、パチュリー様の真上の本棚の上に不安定な分厚い本が置かれていました。 嫌な予感がして、すぐにパチュリー様の元へと走ったのです。 出来れば裏切って欲しかったのですが、予想を裏切らず、やはり落ちてきました。 何とかパチュリー様を救出しましたが、頭に辞書が直撃しました。 パチュリー様にお礼を言われ、頭を撫でてもらえました。 あなたの手は万能薬ですか、それともゴッドハンドですか? その痛みはすぐに痛くなくなりました、不思議です。 ● 今日はレミリア様とパチュリー様はご一緒ではありませんでした。 パチュリー様がご病気で、遊びに行くことが出来なかったのです。 パチュリー様は寂しい、寂しいと何度も仰っていました。 私に力がないためにこのような思いをさせてしまって……申し訳ありません、パチュリー様。 そういえばですね、パチュリー様がこの前レミリア様の指輪が羨ましい、と仰っていました。 あの指輪は私たち姉妹が尊敬する16代目のメイド長が作られたもので、姉が、私が作り方をお教えしたと自慢げに語っていました。 姉は幼い時からああいった細かいものを作るのが得意でしたので、褒めるしかありませんでした。 それに比べて私は細かいものは苦手でしたが、裁縫なら姉に負けたことがありません。 そのうちハンカチでも作って差し上げようかと思っております。 ● なんとか回復されました。 だいじょうぶですか、とお聞きすると大丈夫、といつもの120%くらいの勢いで返事をされました。 そしてレミリア様がこられるまで本を読まれていても落ち着かない感じでそわそわされていました。 お食事のときも今日はレミリアが来るのよ、と19回仰いました。 レミリア様がこられると抱きつかんばかりの勢いで遊ばれていました。 本当に楽しそうで、病気になっていたことをレミリア様に疑われる始末でした。 しかしお二人とも本当に仲がよろしいです。 いつまでもあのお二人が仲良くいられますように。 ● 今日は、レミリア様はいらっしゃらなかったというのになぜかパチュリー様がお元気でした。 そして、なぜか「このぬいぐるみ、あげてもいい?」と聞かれました。 パチュリー様がよろしいなら構いませんよ、と申し上げると、お礼を仰ってすぐにそれを持って出て行かれました。 しばらくして戻ってこられると、くまのぬいぐるみは消えていました。 どうやらレミリア様の妹様に差し上げたそうです。 昨日レミリア様がいらっしゃったときに妹様がおられることをお聞きしたらしく、「何かいいものはない?」と聞かれたそうです。 パチュリー様は大切にされていたくまのぬいぐるみを妹様に差し上げ、レミリア様はというと鳥のぬいぐるみを差し上げたそうです。 パチュリー様に本当によかったのかをお聞きすると、「いいの、私はもう卒業したから」と仰っていました。 しかし寝るときには物足りなげに手をうずうずさせられていましたが、二言はないらしく枕を掴んでおられました。 やはりパチュリー様はお優しい方なんですね。 ● ちょっと前にお二人が一生仲良くしていただけるようにお願いしたのですが、残念です、喧嘩をされました。 機嫌が悪そうで、扉を閉めるときもいつもより勢いがありました。 これほどご機嫌斜めなパチュリー様はあまり見ないのでいっそ何があったのかと聞いてみました。 人生は長いですから、喧嘩をすることはあるでしょう、しかし喧嘩の原因がよろしくなかったのです。 どうやら紅茶をレミリア様がパチュリー様の本にこぼされたようです。 それは無理もないな、と正直思いましたが未熟者の私はそうですか、としか言えませんでした。 姉に相談してみたところ、レミリア様が謝罪をされて、形だけは仲直りされたようです、形だけは。 しかし不完全なので明日完全に仲直りさせようということになりました。 どうするのかと聞いてみたところ、二人を接近させるだけだそうです。 まだお二人は精神的に幼いから大丈夫よ、と姉は言ってました。 私も他に方法がなかったのでそうすることにしました。 ● お二人は仲直りされたようです。 パチュリー様にお聞きしたところ、レミィは優しいのよ、と仰っていました。 私は運が悪くも、今日もまた買出しの当番に当たってしまい、何があったのかはわかりません。 しかもレミィと仰いました、多分レミリア様のことでしょうが、お二人に何があったのでしょうか? そう思ってパチュリー様にしつこく聞いてみますと、仕方ないわねと仰って、嬉しそうに教えてくださりました。 どうやら喘息のところを助けていただいたとか。 それで仲直りの際の約束で、お互いのことをレミィ、パチェと呼ぶようにしたと。 そしてパチュリー様……いえ、パチェ様は私にもパチェと呼んでと仰いました。 パチェと呼んでいい人は、パチェ様が友達と認めた人のみだそうです。 なんと感動的な、聞いている私は嬉しくて少し涙が出てきてしまいました。 すぐにレミリア様にお礼に参りましたが、たいした事はしていないわ、と言われていました。 しばらくは見ていなかったのですが、レミリア様も十分成長されたように思います。 あのお二人は、将来きっと助け合って生きていくことになるでしょう、微笑ましいことです。 そういえば私もずいぶんお世話になった、16代目のメイド長のことを思い出しました。 結局私は、そのメイド長の花の指輪に対抗して、パチェ様に帽子とリボンを作って差し上げました。 紅魔館にいらっしゃる高位の魔法使いの魔力を込めてもらった、かなりの自信作です。 それをパチェ様にお渡しする際、非常に驚いた顔で「昔からありがとうね、感謝しているわ」と仰り、ほっぺたにキスをされました。 ついに我慢できずに、鼻血を噴いてしまいました。 しかし私は思いました。 やっと、私もパチェ様に認められる存在になったのではないかと、これからはパチェ様がご病気で動くことが出来なくとも、生意気にも私がいれば少しは退屈しのぎになるのではないかと思います。 姉さん、やっと私もあなたのように立派になったかしら? そういえばあなたはメイド長を退職する際には立候補者がいなければ私に職を譲ると言ってましたね、当時は名誉なことだとは思いましたが、今ならはっきりといえます。 お断りします。 だって私のすべては、パチェ様ですから。 メイドとして、一人の召使としてこのような台詞を申していいものかはわかりませんが、私の主人はレミリア様ではなく、パチェ様であると胸を張って言えます。 レミリア様の専属となるメイド長ではパチェ様とはお別れしなければならなくなります。 しかし、私はそれは嫌です。 私は死ぬまで、そしてこの命が尽きようとも、パチェ様に尽くします。 いっそ受付から完全な司書になってしまおうかとも思いましたが、私は残念ながら本にはパチェ様ほど興味も、そして知識もありません。 司書になることは出来ませんが、一人のメイドとして、パチェ様、あなたに尽くすことを誓います。 姉さん、あなたはレミリア様を、そして私はパチェ様を一生かけてお守りしましょう、約束ですよ? 破ったら……そうですね、パチェ様の魔法の実験台にでもなっていただきましょう。 パチェ様は最近は「レミィを守るんだ」、と熱心に魔法の研究をされています。 きっと私たちの魔力を軽く超えていることでしょう、破ったら、それを受けてもらいますからね、約束ですよ? 明日もまたパチェ様の笑顔を見れますように! ★ 「このメイド……真面目でもあり不真面目でもあり……いい人なんですね」 「ええ、私もこの人のことは知らなかったわ。……ねえ小悪魔」 「はい」 「あなたが決めて、次のページ、めくるかめくらないか」 「……何かあるんですか?」 咲夜は言うか言うまいか、迷っているようだったが、埒が明かないと悟ったらしく、重い口を開いた。 「この次の日、紅魔館周辺で地震が起こるわ。そしてこの日記をつけているメイドの姉、つまり17代目メイド長が亡くなるの」 「え!?」 「私はこの人はどうなったのかは知らないわ、確かに興味はある、でも……もしこの次のページに書かれていることが悲惨なことだったら……」 「…………」 小悪魔の頭の中ではこのような考えが回っていた。もし次のことで姉が亡くなった、等の悲しいことが書かれているかもしれない、そうすれば読み手の小悪魔と咲夜が受けるショックは半端ではないだろう。そのショックに耐え切れるだろうか。それに、それほどの大地震だったのだ、犠牲者がメイド長一人だとは考えられない。もしかしたら、ということもありえる。 また、次のページを開かず、真実を知らずにいつものように生活するのもいいかもしれない。しかし、仮に次のページにいい事が書かれていたとすると、このメイドとパチュリーのその後が気になって気になって、開かなかったことを後悔するかも知れない。 「……咲夜さん、あなたは部屋から出てもいいですよ」 「あら、あなたこそ、出て行かなくてもいいの? その日記帳、読めないようにナイフで切り刻みましょうか?」 咲夜の心はすでに決まっていたようだ。小悪魔はというと、昨夜と同じ心だった。お互いにたずねるまでもない、今の会話で十分だ。 「咲夜さん」 「小悪魔」 お互いの名を呼び、頷き、二人で日記帳に手を添える。そして思い切って、しかしページを破らないように優しくページをめくる。 ★ ★ 「……」 「……」 誰が、何も言わなくても二人はそのメイドの身に何が起こったのかを理解した。この日記は事実を、何よりも詳しく語っている。次のページも、そしてその次のページも、次も、次も、次も……何も、何も書かれていない。まだ日記帳は、三分の一ほどしか使われていなかった。日記をつけるのに飽きた子供のように、何の予告も無しに、さっきのページを境にすべてが終わっている。真っ白な、100年以上前から残る古い本に似合わない綺麗なページが無言で哀愁を漂わせていた。 二人はしばらく無言であった。しかし咲夜が小悪魔の方が震えていることに気付き、小悪魔に話しかけようとして、気付く。 小悪魔の拳は強く握られ、手が震えている。小悪魔が、静かに一言呟く。 「……じゃないですか」 「え?」 小悪魔の震えた声を聞き取れず、咲夜は聞き返す。 「かわいそうじゃないですか!!」 部屋中に響いた普段の小悪魔からは想像できないような、喉の奥から搾り出した怒声にも似た、悲痛な叫び。理由を聞かなくても、痛いほどわかる、小悪魔の悲しみ。パチュリーの部屋ではその声が少し遅れてこだまする。たった一回なのに、何度も聞いたような感覚に咲夜は陥る。 「こんなに……こんなに一生懸命尽くしてきたのに……やっと、パチェ様、と呼べるほどの仲になったのに……それなのにッ!!」 小悪魔が机の上にあったろうそくを弾き飛ばす。ろうそくが金属音を立てて壁にぶつかり、ろうそくが折れた。壁にぶつかったときの音は、二人の心を察したろうそくの、悲しみの声のようにも聞こえる。床に投げ出されたろうそくの上半分は弱々しく火を放ち、机の上では小悪魔の拳から流れた血が広がっている。金属のスタンドを殴ってしまったのだろう、それでも殴り足りないと言いたげだが、血を流し、ガクガクと震えて限界をあらわす拳が痛々しい。 やはり見るべきではなかったのかもしれない。 「うっ……うわああああああん!!」 小悪魔がついに耐え切れなくなったらしく、悲しみを放出しようと泣き叫ぶ。咲夜はその様子をただ黙ってみていることしか出来なかった。小悪魔は、ひたすら泣き続ける。さっきの咲夜に手伝ってもらったときとは比べ物にならないほどの涙の粒が、日記に次々とこぼれる。しばらくは小悪魔の涙を誘う泣き声のみが部屋中を支配することとなるのだが、それは突如終わりを告げた。 「小悪魔?」 部屋の扉が開かれ、泣き声を聞きつけた部屋の主が帰ってきた。部屋の中の、かつて見た様子とかけ離れた部屋を見て部屋を間違えたかしら、と廊下に顔を出して間違いのないことを確認する。その時に隠せばよかったものの、二人は驚きと勝手に部屋に入ったことの罪悪感、そしてこの日記の内容を読んでしまったことによって巻き起こったさまざまな感情で動けずにいた。ただパチュリーが近寄ってくるのを待つばかりである。 「パチュリー様……」 「ぱ、バジュ……リー様……えっぐ……」 「ああもう、どうしたのよあんたは……」 小悪魔の普段は見かけない様子に、本来は許されないことであろうが、パチュリーは部屋中に散らかる本を跨ぐ。そのまま小悪魔のそばにより、頭を撫でる。咲夜はここにきてやっとまずい、と思い机の上のその日記を隠そうとする。とっさのことであったので、時を止めればいい、その考えは思いつかなかった。咲夜が隠そうとするよりも早くパチュリーの目にその本が入る。そして日記を隠そうとする咲夜を静止する。 「いいのよ、それが何かは私は知っているし、そしてもう読んじゃったしね」 「ええ!? パチュリー様……この話を知っておられたのですか!?」 「ええ、とっくの昔にね。たまたま見つけちゃった。まあ今でも私が昔はあんな性格だっただなんて信じられないけど」 パチュリーは語り始めた。あの日、この日記を書いていたメイドを亡くした悲しみ、そして命の危機に陥ったときにメイド長に助けてもらい、そのことが原因でメイド長が帰らぬ人となってしまったという二つの悲しみと激しい自責の念でついに精神を病んでしまい、寝込んでしまった。 その後しばらくはトラウマとなり、人を避けるようになっていたということ。 ところがどうしても自分に尽くしてくれたメイドたちのことを忘れきれなかった。本を読んで気を紛らわそうとしたのだが、たまたまあの日記を見つけてしまい、昔からのメイドの思いに悲しみつつも、自分が愛されていたことに感動し、いつまでも悲しんでいられないということで立ち直った、とパチュリーは話している。その間小悪魔を胸に寄せ、頭を撫でながら。 「確かにそれを読んだ時はとても悲しかったわ」 でも――とパチュリーは続ける。 「嬉しかったわ、これほど愛されていたということを知ることができてね」 その笑顔は、あの日記に書かれていたパチュリーの笑顔だろうか、その誰が見てもいい気分にさせられそうな笑顔を見せられて、咲夜は微笑む。 「ところで――」 パチュリーが続ける。ちょっと待って、とさっきまで本の壁があった場所の奥、この部屋のもうひとつの引き出しつきの机の中をごそごそと探る。そして何かを見つけたらしく、それをもって咲夜の元に戻る。 「はい、これ。今度頼んでもいいかしら」 昨夜はパチュリーの手によって運ばれたものを見る。それは紙切れであった。その二つ折りの紙を開くと、中にはレシピのようなものが書かれていた。間違いなく、あのオムライスの作り方だ。その証拠に普通のオムライスの作り方とは少し違うことが書かれており、さらには『レミリア様とパチュリー様の好物!』と大きく書かれて強調されていた。 「はい、今日、作りますわ」 「ありがとう」 パチュリーは簡潔にそう述べるが、咲夜が微笑んだときにはっと驚いたような顔をし、目を大きく開いた。自分に仕えてくれたメイドの姿と重なってしまい過去を思い出したのだが、残りの二人はそのことについて知ることはなかった。そういえば、とパチュリーは背を向けたまま話し始める。 「レミィのところ行ったほうがいいんじゃないかしら、あなたはレミィの専属だし、あまり離れていたらまずいと思うわ」 「あ! そうでした、ありがとうございます、パチュリー様。すぐに行って参ります、申し訳ありませんが小悪魔をお願いします!!」 そう一言残すと、咲夜は部屋から姿と気配を完全に、まるで最初からいなかったように消した。 「あんたって子は……なんでこうも余計なことをするのかしら……」 日記のことと、本のことだろう。もしかしたら火事の事も含まれているのかもしれない。当然反論できず、俯いたまま謝る小悪魔。 「……ごめんなさい」 「まあいいわ、……いろいろといい想いしたし、今日は一緒の部屋で寝てあげるわ」 「ええ!?」 さっきの涙はすべて蒸発したかのように消え、一気に明るい表情になる小悪魔。パチュリー様と寝るのは何年ぶりだろうかと思い出している。最近は一人で寝るのは怖いから一緒に寝てくださいと頼むのに、子供じゃないんだから、と断られるのだ。小悪魔にとってはパチュリーと一緒の部屋で寝ることは何よりの幸せであった。 「いつもは一人で寝てるのにね」 「それは隣の部屋にパチュリー様がいてくれるからじゃないですか〜。私は自分の寝ている部屋か隣の部屋に誰もいないと怖くて寝られないんですよ〜」 パチュリーはぽかーんとした表情になり、あれ、と記憶をまさぐっている。 「あら、言ってなかったかしら? 私数年前にレミィに頼んで一階に部屋を移してもらったのよ? ここじゃ埃がたまりやすいから喘息治りにくいし。この部屋はしばらく使ってないわよ。ベッドがないの気付かなかったの?」 小悪魔はそのことを聞いて愕然とする。そして恐怖を感じているかのように震えだした。周りを見渡すと、確かにベッドなどなかった。パチュリーなら本でベッドを作って寝ているのではないかという考えを心に封印して。 「……ええ!? ……ってことは私は数年間地下に一人で……」 「寝てたことになるわね」 パチュリーは面白そうに笑うが、小悪魔は顔を真っ青にして納得のいかない様に反論する。 「で、でも、一週間ほど前になりますが、パチュリー様、何か探しものをされていたんじゃないですか!? 足音が何度も聞こえましたよ!?」 「え!?」 それはパチュリーにとっても寝耳に水だったのだろう、は? と首をかしげる。パチュリーはこの部屋に一ヶ月は一歩たりとも立ち入っていないし、今日小悪魔たちがいなければ立ち入る予定もなかった。それにこの部屋に何の魔法もかけていない。一瞬遅れてなぜかしら、と視線を足元にもって行き、考え込むパチュリー。もしかしたら本を狙った泥棒が徘徊しているのかもしれない。もしそうだとすれば本がすべてそろっているか確かめなければ。しかし、パチュリーは泥棒の可能性を疑う一方で、直感にも似た感情で、それは違うと感じ取っていた。何かが、違うのだ。何故だろうか? しばらくの間考え抜いた末、パチュリーはひとつの結論に到着する――いや、もしかしたらずっと前からその結論は知っていたのかもしれない。しかし、それでも納得のいかなさそうに首をひねる。 「……まさか? いや、でも……」 信じられないけど、といいながらもパチュリーはお目当てのものを探し、キョロキョロと周りを見渡す。それはすぐに見つかった。それ――机の上に置きっぱなしの日記帳をみて、考え込む。やがて意を決したかのように、パチュリーは口を開いた。小悪魔は終始、パチュリーの行動を見守っていた。 「来てたなら教えてくれたらよかったのに、私を見守ってくれているの?」 パチュリーの問いに答えるようにどこからともなく風が吹き、あの日記の何も書かれていなかったはずの、最後の日記が書かれていたページの、次のページが開かれた。そのページが目に入った瞬間、少し驚くが、パチュリーはそれを見て、満足そうに微笑む。 『私はパチェ様を愛しています、たとえ、命を失っても』 その時、小悪魔は本当にそれを見たかのように感じた。パチュリーと日記の間に現れた、『100年の絆』を――。 あとがき とりあえず話の大筋は一日で作りましたので、大変でした……。 しかし皆様の応援のおかげで完成しました、ここに感謝の言葉を述べさせていただきます、ありがとうございました。 少し荒めなので、大丈夫かが少し心配です。 もともとシリーズ化の予定はなかったので、伏線を『500年の愛』で張ることはほとんど出来なかったのが残念でしたが、どうでしょうか? またもや日記ものに挑戦です。 17代目のメイド長の妹という設定で書かせていただきました。 『100年の絆』のタイトルからはお嬢さまとパチェ様の絆と思われたかもしれませんが、実は全うすることは出来なかったものの、パチェ様とメイドとの絆でもあった、と。 そしてこの絆はまだ切れておらず、これからまだまだ続いていく……といった感じで受け取っていただけると幸いです。 最後は若干不思議なことが起こったという結末で、片付けさせていただきました。 そしてこの後、『500年の愛』のラストに続く、といった流れです。 皆さんはどちらがお好きですか? 長さは同じくらいですが、こっちのほうが少し短いです、400年の差がありますのでw ……と思っていたのですが、なぜかこっちのほうが文字数は長かったみたいです。 日記に入るまでが長かったのでしょうか、まあいいかと思っている私ですw 読んでいただきありがとうございました。 この作品の関連作品:『500年の愛』、『500年の哀』 TOHO/SS/HOME |