500年の愛

「咲夜〜咲夜ぁ〜!」

 ここ紅魔館の廊下では、一人の少女の幼い声が響いていた。さっきからお気に入りのメイドが見つからない。紅魔館の主レミリア・スカーレットは憤慨を感じていた。いつもならはいここに、とかいいながら3秒以内に目の前に現れるのに。そのせいでいきなり目の前にスキマ妖怪が現れても驚かなくなった。しかも幽霊が怖くないので肝試しでも無敵である。最近では彼女の羽をぴんとさせた人が勝ちというゲームが開催されたが、結局誰も勝てなかった。それはともかく、今日はどういうわけか10分以上彼女を探しても見つからない。

 他のメイドに聞けばいい、ということは基本的に考えない。彼女にはお気に入りのメイドがいるからだ。そのお気に入りのメイドこそが、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜である。

 寝ているのかもしれない、レミリアは咲夜の部屋へと向かい、扉をノックした。返事がない。仕方なく扉を開けてみる……開いた。もちろん特殊な力など使っていない、多分鍵を閉め忘れたのだろう。

 咲夜の部屋であるここを探しても、目当ての人物は見つからない。呼んでも返事を返すものがいないことから、主は留守であると無言で語っている。動くものひとつない電気の消えたくらい部屋を見て、普通の人なら少しは不気味に思うだろう、しかしこのお嬢様は吸血鬼、逆に暗闇万歳である。ずかずかと部屋に入っていく。

「まったく、どこに行ったのかしら……せっかく紅茶を淹れてもらおうと思ったのに」

 それだけの時間を探し回っていたのなら自分で入れればいいだろう、という考えは彼女は思いつかない。昔からのわがままなお嬢様だからだ。自分で紅茶を淹れるなんてもってのほかだ。

 咲夜のベッドの上に座り、ため息をつく。レミリアはそのときに机の上に古い本があるのに気付いた。辞書ほどはありそうな、非常に分厚くて立派な本である。表紙を軽くノックしてみたが、いい音がした。結構堅いらしい。

 その表紙には、汚れていてよく読めなかったが、『メイド長』という単語が書かれているのを見つけた。咲夜に関係することかもしれない、レミリアは、好奇心からその本を開いた。



==500年の愛==



「? 何これ?」

 ぺらぺらとめくっていると、一ページごとに日付がかかれており、場所ごとに筆跡が違う。どうやら日記のようだ。メイド長という単語が書かれていたことと、筆跡が違うところがあることから、複数のメイド長による日記らしい。かなり、古いが。いつから続いているのだろう? 気になって読んでみる事にした。

 ちなみに日記をのぞき見るときに普通の人は感じるであろう罪悪感と言うものは彼女は一切感じなかった。彼女はそういう性格なのだ。彼女の教育係は彼女に対してのしつけというものはもっと厳しくするべきであろう。



 ★



今日はこの紅魔館に新しい命が生まれた。

名前はレミリア・スカーレット様。

小さくてとてもかわいい。

そこで私たちメイドは、お嬢様の観察といっては失礼かもしれない、もとい成長日記を書くことを決定した。

少しずつお嬢様の成長を記録していくのだ。

これからメイド長の職に就いたものは、この日記を書くことを義務とする。

また、自分の日記として使用しても構わない。

しかしお嬢様のことで何かあれば、ここに記すように。



 ★



「私の……成長の記録……?」

 レミリアはさらに好奇心をかき立てられ、次のページをめくった。このページもまた、同じ筆跡だった。同じメイド長が書いたのだということが容易に想像できる。このメイド長は少し大きめで薄い字を書く人らしい。



 ★



今日はレミリア様が初めて言葉を話された。

私は聞いていなかったのが、非常に残念だ。

私が気付いたら話されていたのだ。

この歳で話せるとなると、将来が楽しみになってくる。

吸血鬼と人間の基準は違うのだろうが、それでも私はレミリア様に対する愛情を変えるつもりはない。

レミリア様が成長していく様を見るのが、最近の私の楽しみだ。

 ●

レミリア様は遊んだら遊びっぱなしだ。

もちろんまだ子供だからだろうが、早めにしつけをしておくほうがよさそうだ。

本は必ずしまいましょう、おもちゃの片づけをしましょう、そのくらいは言っておいたほうがいいだろう。

いくら私がメイドだからと言っても、完全に甘やかすわけにはいかない。

それをやってしまうと、レミリア様が将来困るのだから。

 ●

私がいつものように仕事をしていると、かわいらしくちょこちょことレミリア様が歩いてこられた。

メイドのうちの数名が誘拐せんばかりの怪しい笑顔で近寄っていた。

すぐに持ち場に戻したら泣かれたが、途中でレミリア様がねえねえと話し掛けてこられたのでメイドは無視した。

そこで気付いたのだが、なんとレミリア様は文章として言葉を話せるようになっていた。

「おやちゅ、ちょうだい」とかわいらしくおっしゃった。

泣いているメイドたちに棚からおやつを取るように言うと、ついついたくさんあげてしまったようだ、気が付いたら棚のおやつがすべて消えていた。

うまく洗脳されたらしい。

おやつはたくさん渡してしまったが、我々メイドとしてもうれしい限りだ。

それにしてもレミリア様はメイドたちにとてもよく愛されている。

その証拠か、最近ではレミリア様のおむつがなくなった、もちろんゴミ箱にもない。

メイドの中には歪んだ愛をもつものもいるだろうが、それでもレミリア様の世話をするとなぜか母性本能をかきたてられる。

ひょっとしてこれは彼女のカリスマではないだろうか?

またひとつ、彼女に対する将来の期待が増えた。

 ●

レミリア様の様子がおかしい。

熱があって、咳をされていたので風邪をひかれたのではないか。

速く治るといいのだが。

いっそ私がレミリア様の風邪をもらおうかと思ったが、さすがにそれでレミリア様の世話が出来なくなってしまうと困るので、やめておいた。

添い寝をしているとメイドたちがこっそり部屋に入ってきたので追い返した。

 ●

レミリア様の風邪は何とか治った。

これで一安心。

ちなみにわたしにはうつらなかった。

吸血鬼の風邪は吸血鬼にだけ感染するのかもしれない。

風邪をひいた理由を考えてみたところ、薄着だったのが問題らしい。

次から薄着はやめさせようと思う。

それに、やめさせる理由はもうひとつある。

たくさんのメイドたちが貧血になるのだ、鼻から赤い水を吹いて。

 ●

レミリア様がおお泣きされていたので、何事かと思うと机の上から本が落ちてきて頭に当たったらしい。

よしよし、と頭をなでるがレミリア様は泣き止まなかった。

暴れるレミリア様を抱っこしようと思うと、私がレミリア様に顔を引っかかれた。

逆に私が泣かされそうになる結果となった。

レミリア様にはガラガラを使うとおとなしくなると部下のメイドが教えてくれた。

ガラガラでおとなしくなったが、お風呂に入ったとき私の顔の傷はしばらくヒリヒリした。

少しだけお恨みもうしあげます、レミリア様。

 ●

レミリア様に絵本を読んで差し上げた。

私も十数年前は母に呼んでもらった覚えのある、非常に有名な本だ。

レミリア様は喜んで聞いておられた。どうやら絵本は割りと多くの子供に楽しめるらしい。

絵本が終わったあと、その絵本の劇を一人で始められた。

挙句の果てには一人では収まらず、メイドたちを集めて劇をやる結果となった。

しかしお嬢様を歪んだ愛で愛しているメイドたち(私には良くわからないが、彼女たちは『お嬢様萌え隊』といっていた)はお嬢様のためなら、と即効で台詞を覚えて見事な演技をやってのけた。

彼女たちがいればどんな役者だって勝てないのではないか、そう思わせるような見事な演技だった。

レミリア様は大喜びだった。

その点ではあの子たちには感謝と、感動せざるを得なかった。

彼女たちの好物を夕食に作ってあげると、メイド長愛していますと言い、泣きながら食事をしていた。

少しほほえましい気分になった。

 ●

レミリア様のオムツをお取替えしようかと思うと、おしっこをかけられた。

メイドのうちの何人かが独特の刺激臭のする私を避けて歩き、そして別の何人かは羨ましそうな目でこっちを見ていた。

後者のメイドたちは解雇を真面目に考えたほうがいいのかもしれない。

 ●

昨日書いた後者のメイドたちを解雇させてあげようかと思うと、土下座して泣きながら謝っていた。

あまりにも哀れにも思えてきたので、取りやめた。

彼女たちはこの仕事を本当にやめたくないのだ。

もちろん、解雇というのは冗談だけれど、どうやら冗談だと気付いてもらえなかったらしい。

私も冗談がいえるくらい、もう少し肩の力を抜いたほうがいいのかもしれない。

また、その話には実は続きがある。例のメイドたちが偶然その場を通りかかったレミリア様に頭を撫でられていて、満面の笑みを浮かべていたので、私の心が少し和らいだ、と言う話だ。

レミリア様、ありがとうございました。



 ★



 レミリアは日記を見ながら赤面させていた。恥ずかしい。特に最後の方の日記。最初は堅く書いていたこのメイド長であるが、何があったのか新しくなるにつれてレミリアにとって恥ずかしいものになっていく。いや、レミリア自身が成長して変わっていったのか。

 せっかく今まで築きあげてきた、学校のクラスに一人はいそうなカリスマ&クールキャラが崩壊である。なんてこったい。

「私がそんな失態を……!」

 唸りながら拳を握り締める。真っ赤になったレミリアの顔から恥ずかしさから生まれた汗が机の上に一滴落ちる。軽く机をたたいて八つ当たりする。顔が熱い。過去のことを思い出すと恥ずかしくなるのは人も吸血鬼でも同じらしい。そして、その過去を都合のいいようにかえることが出来ないのも、人も吸血鬼も同様だ。

 いいかげん、忘れさせてくれと思う事柄もたくさんあるレミリアであったが、日記をのぞくという悪いことをしたがために余計に恥を掘り起こしてしまった。

 いないとは思うが、もしまだ当時のことを記憶しているメイドがいれば、真剣に解雇を考えよう、そう考えるレミリアであった。それにしても妖精の寿命ってどのくらいなのか、仮に過半数が当時のことを記憶していたとすれば、紅魔館にとっては痛手となる。いや、もし咲夜以外の全員が記憶していたら……。

 結果的に、当時のことは知らないふりをしようとレミリアは考え、実行することにした。知らないふり、沈黙を通して昔のことが話題にならないようにしよう、こっちから何も言わなければきっと何も言ってこない、多分。それに咲夜以外をクビにしたとしても、よく考えたら咲夜は多分この日記読んでるじゃん、ぐふっ。

 レミリアは自分をカリスマがあり、恐れられる存在だと思っていた。しかし最近は自分の権威も落ちてきたような気がする。私はカリスマがある、と自己暗示を掛ける。それにもかかわらず、この日記は当時はかわいかったんだよ、と語っている。嫌でもその、過去の現実が自己暗示の理想の自分の隣に居座る。常に隣り合わせである、どちらかを忘れることは出来ない。忘れるときは一緒のようだ、仲のいいことである、ちっともほほえましくはないが。

 それにしてもこの日記を見たらずいぶんのメイドたちにかわいがられていたものだ、少し恥ずかしいとレミリアは思う。いや、かなりか。その証拠に彼女の顔はまだ赤く、熱を持っている。

 当時のことを知っているメイドがいたら、問答無用でグングニルの餌食にしてやろうと思うレミリアであった。

 レミリアは恥ずかしくありつつも、好奇心が上回ったらしい、次のページをめくった。やはり罪悪感は感じない。止めるものも、当然いない。



 ★



レミリア様は結構わがままな子ではあるが、カリスマと言うものもたくさん持っている。

将来はこの館のいい当主になることだと思う。

もう一度書いておく、レミリア様の性格はわがままであり、我々メイドたちを良く振り回すことがあるが、それでもなぜか憎むことは出来ない。

そういう人物なのかもしれない、レミリア様というのは。

彼女はよい当主になる、私がそう保障する。

日記にはなっていないが、私の考えをまとめておいた。

 ●

残念なことがある。

それは何かと言うと、今日で私が書くこの日記は最後だ。

私はついに故郷に帰って結婚することとなった。

家事等で忙しくなるので、今日で私は退職することを選んだ。

レミリア様、もう少しあなたを見ていたかった……でも私は決してあなたのことは忘れません、さようなら。

また、どこかで会いましょう。

お元気で。



 ★



「私はこんな子供だったのね……」

 ところどころ怪しい変態メイドがいたような気がするが、このメイド長は非常に真面目だったらしい、この日記の書き方でわかる。

 最後のやめなければならなかった、と書かれた日記を読むとレミリアは少し悲しくなった。見ないようにしていたのだが、いくつか涙の跡があるのが嫌でも目に入った。

 しかしまだ興味は収まらず、ぺらぺらとページをめくっていく。真面目な人が書きそうな字が続く中、やけに大きくて荒い字を見つけた。読んでみる事にする。年月で言うと三、四年分くらいは飛んだだろうか。



 ★



今日からはうちが書くことになったで〜。

うちはどうやら紅魔館16代目のメイド長らしい。

なんか知らんけど、お嬢様の成長の記録を書いたらええねんな。

めんどいな、でもまあ仕方ないか。

これも規則やしな。

とりあえず、今日はお嬢様は顔面からこけて泣いてた、これでええんか?

 ●

もうちょっと詳細を書いてるメイド長が多いのでめんどいけどそれに習って詳しく書くで。

お嬢様が指輪をつけたいといってた。

うちはべつにいいやん、と言ったねんけど他のメイドが反対した。

飲み込んだら大変やから、と言うことらしい。

大多数のメイドが同じ意見で、結局お嬢様の望みはかなえることは出来へんかった。

うちはそのことをお嬢様に伝えなあかんかったけど、正直嫌やったわ。

お嬢様はおお泣きして、つけたいつけたいとわがままを言っててな、可哀想になったけど結局譲ることはせんかった。

お嬢様はうちのことを嫌い、と言って部屋に閉じこもってもうた。

うちは考えた末、ちょっと休憩をもらって紅魔館の周りに生えている草と花を使って指輪を作ることにした。

副メイド長に作り方を聞いてみて作ったら、思ったより上手く出来た。

うちって案外器用やってんな。

それをお嬢様にあげると凄い喜んでた、そしてうちのことを好き、といって礼を言ってきた。

なんかメイドたちがメイド長羨ましい、と嫉妬してきたけど無視した。

ちなみに枯れないように魔法をかけておいたからそのままの形で残り続けるはず。

金属のは諦めさせなあかんかったけど、これでよかったと思うわ。

部下のメイドはメイド長凄い、と言ってたけどうちにしてはたいした事とちゃう。

メイドはなんか感動してたけど何に感動しているのかはうちにはわからへん。



お嬢様を風呂に入れた。

流水があかんらしいから、シャワーはやめておいた。

お嬢様を風呂につけていると、外が騒がしい。

絶対に顔を湯につけないように(溺れるからやで)言って外を見に行ったらメイドたちが突入準備をしていた。

かなり前からこの屋敷に仕えている『お嬢様萌え隊』と名乗る部隊が風呂に入ろうと準備しておいたので部隊を解散させた。

メイドたちは泣いていたが、無視した。

ほっといて風呂の中に戻ったらお嬢様が身動きせずに浮いとった。

こう書くとおもろいかもしれへんけどそのときはただ事やなかった。

こりゃあかんと思って慌ててお嬢様の名前を呼んだが起きへん。

一応人工呼吸をしとったらさっきの部隊が奇妙に思ったらしく風呂の中に来たねんけど……下心は見え見えやった。

うちが人工呼吸していた場面を見られて風呂場は血だらけになった、不気味やったわ。

結局すぐ目を覚ましたから事なきを得たねんけど、うちはお嬢様をしかっておいた。

お嬢様はうちの注意に泣いとったけど、それでもごめんなさい、とちゃんと謝ってたので許してやることにした。

お嬢様、ちゃんと謝れることはいい事やで。



なんかお嬢様が人間のメイドの血を吸っているのを見た。

そのメイドが助けを求めていたけどお嬢様のため、無視しておいた。

といっても口の中に入っているのはほんの一割くらいで九割がたはこぼれてた気がするけどな。

服が真っ赤や、洗濯がめんどそうやから部下に任せよ。

お嬢様の吸血はっきり言わせてもらうと下手くそやな。

と言っても吸血鬼じゃないうちにはわからへんねんけどな。

結局血を混ぜた紅茶を飲ませた。

せやけどあの人も吸血鬼やから血を吸えなあかんって事やな、お嬢様、あんたならいつかできる、頑張りや(^_-)-☆

 ●

少し寂しいけどうちも退職や。

理由は病気になったから。

なんか病気の名前は忘れたけどしばらくは仕事は出来ないらしい。

メイドたちはうちの介護をしてくれるといってたけど迷惑はかけられへんから退職することにした。

お嬢様、うちはちょっとサボって他の人より日記の量は少ないけどあんたを愛していたことには変わりはないねんで。

ごめんな、うちは病気でしばらくあんたとは会えなくなる。

でもずっと見守ってるからな!

いつかは戻ってくるかもしれへんからそのときには血、吸えるようになっとくねんで!

この日記を見てへんやろうけど書いとく、じゃあな、お嬢様、また会える日を楽しみにしてるで!



 ★



「…………」

 この日記を書いた本人は明るく振舞っていたのだろうが、やはり日記にいくつかの涙の跡があり、紙のところどころがふやけて乾いた跡があるのをレミリアは見逃さなかった。

 辞めたく、なかったのだ。この仕事を。もっと、この仕事を続けてレミリアのそばにいたかった、心からそう思っていたのだろう。

 確かにここに書かれている通り、日記のページは非常に少なかったがそれでもこのメイド長がレミリアを愛していることには変わりはない。その証拠に、レミリアは彼女にたくさんの大切なことを教えていた。本人は自覚してなかったようだが文章からわかるように実は優しい人物であったらしい。

 今の紅魔館にも優しいレミリアお気に入りのメイドが一人いるが、この16代目のメイド長も今いてくれたら、と思う。

 そういえば、あの指輪はいったいどこにやっただろうか。残念ながら自分の記憶の中にはその指輪の姿はない。せっかく用意してくれたのに、と当時のメイド長には申し訳ない気持ちになった。期待は出来ないけど、後で咲夜に聞いてみることにする。

 ほんの少し目に涙をため、それを袖で払う。



 ★



16代目のメイド長が退職なさったので、16代目副メイド長の私が日記を引き継ぐことになりました。

今までメイド長の病気に気付かなかった自分が情けないです、本当に申し訳ありません。

(16代目の)メイド長、お大事に。

これからメイド長にかわってきっちり書き残します。

 ●

今日はとてもおめでたいことがありました。

レミリア様の妹様が誕生されたのです。

フランドール様と名づけられました。

とてもかわいらしく、これから死ぬまでお仕えしようと心に誓いました。

ひとつ気になることがあるのですが、フランドール様を見たときになぜか私は寒気のようなものを感じました。

いったい何なのでしょうか?

気のせいですよね。

 ●

気のせいではありませんでした。

メイドたちが怯えてフランドール様の下から帰ってくるのです。

理由を聞くと、怖い、といっていました。

メイドの手に持っているものを見ると、ガラガラというのでしょうか、赤ちゃんの前で振るおもちゃが壊れていました。

なんと、フランドール様が壊されたようです。

信じられませんでしたが、メイドたちが必死に訴えるので渋々フランドールお嬢様のお部屋に参りました。

そこには悲惨な光景が広がっていました。

部屋中のものはほとんど壊され、レミリア様が泣かれています。

フランドールお嬢様には不思議な能力がある、私ははじめて知りました。

しかしお嬢様二人を危険な目に合わせてしまったのでしょう、本当にすみませんでした。

泣かれる二人に土下座をして謝りましたが、おふた方は泣きやむことはありませんでした。

そのときに私は16代目のメイド長がかつてそうしていた様に抱きかかえてゆりかごのように揺すってみることを思いつきました。

お二人はすぐにお眠りになりました、とりあえず安心しました。

今夜、ちょうど今私が日記を書いている頃でしょうか、フランドールお嬢様をどうするかが決まります、わたしはその会議には出席していないので、どうなるかわかりません。

ですが、私はレミリアお嬢様もフランドールお嬢様も仲良く出来る道がきっとあるのではないかと信じています。

 ●

昨日の事件以来、レミリアお嬢様とフランドールお嬢様は隔離されました。

そしてフランドールお嬢様は、大多数の決定により地下室に幽閉されることになりました。

私は反対しましたが、賛成派が圧倒的に多く、可決されることになりました。

まだ幼いフランドールお嬢様には非常に気の毒だと思います、残念なことです。

フランドールお嬢様をいっそ連れ出してしまおうか、とも思いましたが実行する勇気はありませんでした。

フランドールお嬢様、申し訳ありません。

信じたくはないのですが、可決派にはレミリアお嬢様もおられたように思います。

お嬢様……どうしてですか?

これは私が間違っているのでしょうか?



 ★



 どうやらこのメイド長は前回の人に比べておとなしく、真面目な人だったらしい。言葉もいちいち丁寧で、書き方もかなり真面目だ。それにこのメイド長はかなり責任感のある人だったらしい、自分は悪くないのに謝っていることも結構見られる。

 ただ、このあたりで登場した、ひとつの単語が気になった。

「フラン……」

 そんなこともあったのかもしれない。現在フランドールは『レミリアの』指示によって地下に閉じ込めてられているが、その前、フランドールが生まれた当時は多くの反対派に地下室幽閉ということが決められたようだ。

 地上で優雅に暮らす自分とは違い、フランドールは薄暗い地下でたった一人で500年近く暮らしている。最近は少し自分の力が制御できるようになってきたので今度出してやってもいいだろうか、レミリアは考える。

 レミリアはこの日記を読んでさまざまな気持ちで心の中がいっぱいになっていくのを感じた。今の彼女にはこの気持ちが何故なのかは理解できないが、それでも徐々に理解しようとしているのだろうか。

 彼女はもう最後まで読む決心が付いていた、次のページをめくる。

 そして、後悔した。



 ★



今思い出しても涙が溢れてきます。

しかしあえて、ここに書き記そうと思います。

本日、16代目のメイド長が亡くなりました。

葬儀には我々メイド全員が参列し、皆涙を流し悲しみました。

お嬢様もまた、涙を流されていました。

その指にはあの指輪がありました。

死、というものを理解されているのかはわかりませんが、ひょっとすると今回のことがきっ
かけで死というものを理解されたのかもしれません。

死んでしまうと、二度と帰ってこれないということに。

私たちは彼女にはたくさんの恩がありました。

サボり癖があり、性格が軽くて少しふざけたようなメイド長だったのですが、誰よりもお嬢様のことを気にかけ、お嬢様が病気になれば治るまで彼女のそばにいるような忠実で、我々メイドの鑑でした。

彼女のお墓は紅魔館の裏に皆で作りました。

これから毎日、私はお墓参りをしようと思います。

この日記に落ちた無数の涙を拭きながら、彼女のことをもう一度、思い出します。

メイド長、今までありがとうございました。

あなたのことは私は決して忘れません、安らかにお眠りください。

 ●

メイド長がなくなってからもうすでに5日経ちますが、やはりまだ落ち着かないようです。

それほどあの方の存在は大きかったということでしょうか、ですが仕事に支障をきたすわけにはいけません。

私も本心ではなかったのですが、一度メイドたちを集めて注意をしました。

彼女たちも私の心をわかってくれたのか、それからは問題なく仕事をしてくれました。

悲しいことですが、いつかは乗り越えなければならないのです。

そう思いつつ、私自身も乗り越えることが出来ないのは事実です。

 ●

16代目メイド長の死から3週間後、やっと紅魔館内も落ち着きを取り戻したようです。

3週間たった今でも私はまだお墓参りを欠かしません。

それが、彼女に出来る唯一の恩返しですから。

不思議なことに、お嬢様も私と一緒にお墓参りをされるのです。

かならず、あの花の指輪をお持ちになって。

お嬢様もあのメイド長を感謝しているのでしょうか、私は少なくともそう思います。

お嬢様はその日、お疲れのためかソファーでお休みになりましたのでベッドまで運びました。

少し重くなった感じがします、成長されたということですね。



 ★



「16代目の、メイド長……」

 記憶の引き出しの奥に封印された、消えてしまいそうなくらい本当にかすかな記憶。私は、その人を……知っている。

 風邪のときは一晩中看病してもらい、嫌いな食べ物を残したときは怒られた。言われたことがちゃんと出来たなら褒めてもらい、泣いているときには泣き止むまでしっかりと抱きしめていてくれた。

 しかし残念ながら顔や、その人の声は覚えていなかった。

「……っ」

 視界がわずかにゆがむ。そして日記にまた涙のしみがひとつ、ふたつ。私は、本当に愛されていた、いや、愛されている。レミリアはそう実感したのだ。最近カリスマがなくなっているような気がして落ち込んでいた。だが、彼女は多くのメイドたちに好かれていた。それで十分ではないか。

 少しめくってみたが、まだずっと鬱なことが書いてあった。何ページも何ページもめくってみる。そういえばこのメイド長、長生きしているように見える。なぜかというと、以下の日記を読んでもらえばわかるだろう。



 ★



レミリア様にお友達が出来たようです。

とってもまだ幼い子で、パチュリー様とおっしゃるかたです。

本がお好きなようで、図書館に連れて行くとお喜びのようでした。

パチュリー様は明るく、とてもかわいらしくお笑いになる、そしてとても優しいいい子でした。

レミリア様が図書館で本を投げていらっしゃったので注意しました。

すぐに二人そろって泣かれたので、後が大変でした。

お二人の好物を夕食にお出ししたら、すぐに元気になられましたので一安心です。


 ★



 このメイド長はフランドールが生まれた頃から仕えていて、そしてパチュリーが生まれて友達になったことも知っている。このメイドは何という種族だったのだろうか? メイド長は忙しい仕事を持つ職業なのに、こんなにも長く仕えてくれたことに喜びを隠すことはレミリアには出来なかった。

 そして、パチュリーのことを想う。

「パチェ……そうか、この時に……」

 パチュリーとはしらぬまに友達になっていた。特に今まで考えたことはなかったのだが、二人の始まりはここだったのだ。この17代目のメイド長には感謝しなければならない。やはり、自分はたくさんの人に愛されていたのだ、最近の自分には気付くことが出来ない、とても大切なことであった。



 ★



お嬢様とパチュリー様は本当に仲がよろしいようで。

パチュリー様は持病のためほとんど遊ぶことは出来ないようですが、お二人で話をされているだけでも十分お楽しみのようです。

あのおふた方はまだわかりませんが吸血鬼と魔女、寿命は長いはずです、これから先何百年といつまでもお二人が仲良くいられますように。

 ●

残念ながら、ちょっと亀裂が入ってしまったようです。

お嬢様が紅茶をパチュリー様の本にこぼされて、汚してしまいました。

本をとても愛しているパチュリー様は激怒され、二人で大喧嘩になってしまいました。

結果的にお嬢様が悪い、ということで丸く収まりましたが、お二人の間には亀裂が入ったままです。

いつかは仲良くなれますように。

そういえば書き忘れたのですが、お嬢様が最近指輪がない、と仰っていました。

二日ほど前にお墓参りに行ったのですが、そういえば持っていらっしゃいませんでした。

久しぶりに行ったので、そのときに思い出されたのでしょう。

メイドたちに聞きましたが誰も知らないといっていました。

パチュリー様のことで頭がいっぱいだったらしく、指輪のことはお忘れでしょうがすぐに見つけて差し上げようと思います。

 ●

今日は大きな進展がありました。

お嬢様とパチュリー様が仲直りされたのです。

お嬢様とご一緒に図書室に参ったときの話です。

やはりおふた方は完全に仲直りされたようすはなく、睨み合いが続いていました。

ところがです、パチュリー様が突然咳き込んでしまいました。

持病の喘息です。

私はすぐにお薬を取りに行きました。

背後から、レミリア、助けて、と仰っていたのでしょうが、苦しくて息が出来ないのでしょう、レミィ、と聞こえました。

水と薬を持ってきた私が見たのは、パチュリー、大丈夫? と背中をさすっているお嬢様でした。

感動して本来の目的を見失うところでしたが、パチュリー様に薬と水をわたしたところ、すぐに咳は止まりました。

パチュリー様は感謝の言葉をあらわされ、同時に今までの謝罪も行われました。

お譲様はそれに対して、じゃあこれから私のことをレミィと呼んで、わたしはパチェと呼ぶから、と仰り、自らも謝罪をして解決しました。

こうして二人は愛称で呼ぶ仲となったようです。

お嬢様とパチュリー様の成長の瞬間を間近で見たような気持ちでした、いや、実際そうだったのでしょう。

今思い出しても、ほほえましい光景でした。

わたしのお二人がいつまでも仲良くしてほしいという願いは、どうやらかなうことは確定のようです。

16代目のメイド長も今のわたしを見てくださっているでしょうか、メイド長、わたしは少しはあなたに追いついたでしょうか?

少しでも距離が縮まれば、幸いです。



 ★



 お互いのことを愛称で呼ぶようになったのはこれがきっかけだったのか、そしてパチュリーと仲良くしていられるのもこれが理由だったらしい。われながらなんと恥ずかしいことを口走っていたことか。しかしレミィという名前で呼ばせているのは、幼い自分でありながらよくやったと思う。今もまだその名前は気に入っているのだ。
 
 パラリ、と次のページをめくる。だがすぐに違和感を感じた。字が全然違う。さっきのメイド長は薄くて小さい字を書く人なのだが、パチュリーのことを書いた日記を最後に、字が変わっている。さっきと同じく丁寧だが、今度の字は濃く、大きめの字だった。



 ★



もし仮にこの日記を読んでいる人がいたら違和感に気付くだろう。

今日はお嬢様のことはほとんど書かない、だがあえて今日の記録をかえるつもりはない。

簡潔に書きたいのだが、出来るだろうか……。

……無理だとはわかっているのだが、今日のことが夢であったと思いたい。

今日の昼過ぎ、突然、紅魔館周辺で大地震、紅魔館も大破した。

私は厨房の机の下に隠れていたのだが、途中で火が噴き出したので慌てて消火作業に回った。

もっとも、そのときにはもう地震は収まっていたが。

その地震が原因で半数近くの紅魔館のメイドが大怪我を、そしてそのうちの何人かが帰らぬ人となった。

その犠牲者のうちの一人に、つい昨日までこの日記を書いていたメイド長がいた。

彼女はお嬢様とパチュリー様をかばってシャンデリアの下敷きになったのだ。

その瞬間を見ていたメイドに聞くと、お嬢様とパチュリー様はメイド長の名を呼びながらメイド長の体を揺すっていたらしい。

しかしすぐにそばにいた、この話をしてくれたメイドが止めたらしい、あまり動かさないほうがいいから。

私は火を消し終わった後、その光景を見たのだがメイド長は全身血だらけで直視できなかった。

しかしメイド長はまだ生きていた。

にっこり笑って、お嬢様たちに怪我がなくてよかった、と言っていた。

その言葉を聞いたお嬢様たちは嫌だ、嫌だ、と泣き叫んでいたらしい。

死、というものを完全に理解したのだろう。

自分も痛かっただろうに、苦しかっただろうに、これから迫りくる死に恐怖していただろうに。

それでもあのメイド長はにっこりと笑ったままお嬢様とパチュリー様のことだけを考え、この世を去ったのだ。

今その光景を思い出しても涙が溢れてくる、なんと忠義な、立派な人だったのだろうと思う。

地震が収まるまで、ずっと安全な場所で隠れていた私なんかよりもずっと。



メイド長、こんなことを言うとあなたはきっと私のほうを向いてそんなことはないですよ、あなたも立派なメイドです、と仰るでしょう、しかし私はあなたほど立派なメイドはそういないと思います。

あなたの日記を見せていただきました、16代目のメイド長に追いついたか、と聞いておられましたね。

私は、あの方に追いついたと思います、いや、もしかしたら追い抜かしたかもしれません。

あなたもまた、16代目のメイド長と同じく、メイドたちの鑑です。



そして、あの後のことを語ると、メイド長が慕っていた16代目のメイド長の墓の隣に彼女の墓も作った、天国の彼女は喜んでくれるだろうか。

そして今日からは私が新しいメイド長となった。

彼女たちのように上手く出来るかはわからないが、しっかり頑張って全うしたいと思う。



 ★



 知らなかった、いや、忘れていた。彼女たちをかばって、メイド長が一人死んでしまったなど。きっと歴代のメイド長たちはレミリアにそのことを知らせようとはしなかったのだろう。それをもし知ってしまったらレミリアは自分のせいだと思うだろうから。

 信じたくはない事実だが、しかし日記はそれを真実だと語る。冗談よね、私を騙そうとしてるんでしょ? と日記に問いただすが、当然返事をするものはない。あるいは、冗談ではない、真実だと語っているようにも見える。

 歴代のメイド長は彼女たちだけの秘密として真実をこの日記に記した。しかしメイド長たちの努力もむなしく、彼女たちが愛したレミリアはこうして真実を知ってしまった。自分はひょっとしたら忠誠に尽くしてくれて、そしてレミリアには知らないで欲しかった真実を隠そうしてくれたメイドたちを裏切る行為をしてしまったのかもしれない。

 悲しくなり、視界が歪んで字が読めない。さっきのように涙を袖で払う。今度は払いきれなかった。

 レミリア、今すぐ本を閉じて元の場所に戻せ。そしてさっさとこの部屋から立ち去るんだ。見てしまったものは仕方がない、しかしここであったことは忘れろ、いつもの、紅魔館の当主レミリア・スカーレットに戻るんだ……そう言い聞かせるが、出来なかった。

 次のページを開き、それを理解しようとする。レミリア自身もまた、何故自分がこんなにもこの日記を読もうとするのかわからなかった。



 ★



よっぽどショックだったのだろう、お嬢様とパチュリー様はあのあと倒れてしまい、ベッドに運ばれた。

あの事件がきっかけで、二人の記憶が多少おかしなことになってしまった。

お嬢様はというと、今までのメイド長の話をしてもほとんど覚えていないし、昨日の悲劇の記憶も完全に封印されてしまっている。

不謹慎ながら、このままのほうがいいのでは、と思う。

思い出してしまえば、自分のせいだと思うだろう、お嬢様はわりとそういうことに敏感だ。

パチュリー様はというと、同じく昨日の悲劇のことを完全に忘れてしまっている。

加えて、パチュリー様は性格に変化が起こった。

なぜか、他人には無関心で、そっけなくなった。

他人を失う悲劇というものを味わいたくないのかもしれない。

だから人が寄り付かないような性格になり、孤独に生きようとする自己防衛能力のひとつだろうか。

もしそうだとしたら、わたしは悲しい。

かつてのパチュリー様を見ることは、もう出来ないのだろうか……何度か、なくなったメイド長やレミリア様と一緒にいらっしゃったときに見せたあの笑顔を、あの明るいパチュリー様を。

ただ不思議なことに、お互いのことをレミィ、パチェ、と呼ぶことには変わりはなかった。

二人のともに遊んだ記憶も消えていない、変わってしまったのは、パチュリー様の性格。

理由はわからないが、何か特別な思い出もあったのかもしれない。

レミリア様は変化に驚いていたようだが、普通に話していた。

親友というのはそういうものなのかもしれない。

ここからは私の個人的な願いになりますが、どうかお願いします、この日記を読んだメイド長はお嬢様とパチュリー様にこの事をいわないでください。

わたしは彼女が悲しむのを見たくはありません。



 ★



「うっ……えっぐ……」

 ついに我慢が出来なくなった。水がたまりにたまったせきを切ったように、一気に涙が溢れて日記に落ちてはかなく散る。メイドたちはやはりレミリアにこの事実を知って欲しくはなかったのだ。

「わ、わだじは……なんでごどを……」

 やはり歴代のメイド長たちは、この事を自分に隠していた。この事を知らずに幸せに生きて欲しい、ただ自分の望みに忠実に生きて欲しい、そんなメイドたちの心からの願いが声となって一気に聞こえてきたような気がする。

 それを、自分のくだらない子供の悪戯心に似たような好奇心が台無しにしてしまったのだ。ほかでもなく、自分の手によって。そう考えると涙が止まらない。たくさん、いや数え切れないほどの自責の念が一気に襲ってくる。

「う、うわああああああああああ!!!!」

 ついに我慢できずに大泣きしてしまった。机の上に顔を伏せる。そのときの勢いで日記帳が床に落ちて大きな音を立てる。そしてさっきとは違うページが開かれる。

 徐々に机の上に水溜りが出来る。それはレミリアの後悔の念でもあった。そんな時、さっきの音を聞きつけたのか扉が突然開かれた。

「お嬢様!?」

 咲夜がどこからか戻ってきた。ただならぬレミリアの様子に驚愕し、慌ててそばによる。そして床に落ちた日記帳を見て、すべてを悟った。ゆっくりと、口を開く。

「ご覧になった、のですね?」

「…………」

 嗚咽で声が出ないのでコクコクと頷いた。

「申し訳ありません、本棚にしまっておくべきでしたね……」

 咲夜は本当に済まなさそうに謝る。今までのメイド長の願いを台無しにしたのはすべて自分のせいだと思っているのだろう、手を震わせて俯いている。

 レミリア自身は、すべて自分のせいだと思っているのに、咲夜はそうは思っていなかった。咲夜もまた、すべては自分のせいだと自覚している。二人とも自責の念に包まれていく。

「わだじ、あいざれで……だぐざんのひどにあいざれで……」

 咲夜はレミリアを引き寄せて抱きしめ、そうですよ、と言いながら頭を撫でる。レミリアの涙が咲夜の服をぬらしていく。だが咲夜はレミリアを引き剥がすようなことはしない。

「ぞれでね、花の指輪……なくしちゃって……」

「花の指輪……? ああ、大丈夫ですよ、お嬢様」

 ここを読んでくださいと、ページをめくり、指差す。咲夜は姿勢を低くして、床から何かを探している。

 レミリアは言われたページを読む。



 ★



きょうからは、わたし、十六夜咲夜がメイド長となった。

お嬢様に雇ってもらった恩は決して忘れず、死ぬまでここで働く覚悟です。

今日は特に仕事はなく、この日記を読んでいたり、昔から仕えるメイドの話を聞いていた。

それで、興味深い話を聞けた。

16代目のメイド長のことと、花の指輪のことで、お嬢様はその指輪を大切にされていたらしい。

ちょっと探してみることにしたら、案外簡単にお嬢様のソファーの隙間から見つかった。

多分いつかはわかりませんが、17代目のメイド長と一緒にお墓参りにいった後にソファーで落とされたのでしょう。

布の袋に包んでこの日記にはさんでおくことにした。

そのうち渡そうと思っていますが、当時のことを思い出させるわけにはいきませんので、何かきっかけがあれば、そのときに渡すつもりです。



 ★



「お嬢様、これですよね?」

 立ちあがった咲夜の手の上にあったのは紛れもなく、あの指輪だった。何で記憶にないのに覚えていたのかはわからない、しかしその指輪を受け取り手のひらに載せた瞬間、不思議なことが起こった。

 いままでの記憶が、走馬灯のようにレミリアの頭に浮かび、ぐるぐると渦巻く。レミリアはこの瞬間、封印された記憶がすべて蘇るのを感じた。

 16代目のメイド長の腕の中で眠ったこと、同じく花の指輪を作ってもらったこと、17代目のメイド長に図書館で注意されたこと、そしてかばってもらったこと。

 そのすべて、すべてが昔から知っていたように、記憶の中で循環する。その懐かしさや悲しさ、そして嬉しさで涙が溢れる。

 咲夜は、そんなレミリアを見てそっと微笑む。もう、悲しみの涙はレミリアの目に溢れてなどいなかった。

 レミリアは涙を一滴床に落とし、そして口を開く。もうさっきのように自責の念は昼がきた霧のように消え去った。

「ねえ咲夜、明日、出掛けてもいいかしら」

「はい、どちらにです?」

「……お墓参りよ、メイド長たちの」

 咲夜は、メイド長たちが持つことを許される笑みを浮かべる。その笑顔は、レミリアにとっては懐かしく、そしてとても大切な笑顔に感じた。

「きっと、喜んでくれるでしょう。わたしも、お供いたしますので」

「うん」

 レミリアの受けた愛情、花の指輪がレミリアの指にはまったことで、その指輪は主がいない時よりも鮮やかに見える。

 その姿を見た歴代のメイド長たちは、きっと微笑んだであろう。なぜなら、その証拠に指輪が一瞬嬉しそうに輝いたのだから。


さてさて、微妙にオリキャラを登場させつつも、思った以上の高得点を得たこの作品ですが、完成までに要した時間はアイディアを出すのに1時間(勉強していると突然思いつきました)、書くのに5日、そして今回は少なめ、推敲は2日です(途中まで完成させてから推敲したのを含むと4日ほどです)。

こんな感じの紅魔館もいいかな、と思い書いて見ました。
あっちのほうでは画面がゆがんだ等の嬉しいコメントがありました、大変光栄です。
読んでいただき、ありがとうございました。

3/22誤字修正を行いました、西行妖様、名前が無い程度の能力様、ありがとうございました。

3/23誤字修正をしました、こー様、ご報告ありがとうございました。

この作品の関連作品:『100年の絆』、『500年の哀
TOHO/SS/HOME